「日本は新卒一括採用という文化ですが、今や『いい会社だからハッピーです』とはいかない時代です。そのためには、同じ小売業でも、うちの魅力はここにあるという組織の定義ができていることが重要になるわけです」と語る創業者の1人、佐藤寛之取締役副社長COO 〔撮影〕室川イサオ

「顔と名前を覚えられなくて」と言っていた時代は終わった

「あそこで働いているあの人、顔はよく見るけど名前が分からない」「この仕事手伝ってくれる人が欲しいんだけど、スキルがある人いないかな」「これから○○店に顔を出すけど、あそこの店長さんはどんな人だったっけ……」

 こんなことを思ったことがある人は少なからずいるだろう。「なかなか顔と名前が覚えられなくて」と言っていられる時代は既に終わり、名前で話し掛け、その人のことを把握し、適材適所に配置することは働く人のモチベーションを上げ、人材の定着化に効果を生み、この人手不足の時代に大いに力を発揮する。そんなプラットフォームを実現したのが「カオナビ」だ。

 今まで人事というのは主に人材採用に力を入れてきた。しかしこれからは、長く働き続けてもらうことが重要で、顔、名前、経験、評価、スキル、才能などの人材情報を一元管理して可視化することが企業にとっても、働く人にとってもメリットになる。しかもそれが、顔写真が並ぶシンプルな画面で、クラウド上で共有でき、スマートフォンでも使え、最適な人材配置や抜擢につなげられれば、人材開発や人材活用に寄与することは間違いない。

 カオナビが提供するプランは大きく3つ。人材データベース、社員リスト、社員情報ソート、組織ツリー図が使える「データベースプラン」が月額3万9800円~。その上のプラン「パフォーマンスプラン」は、評価ワークフローと、社員アンケートの機能が追加され月額5万9700円~。「ストラテジープラン」は、そこに配置バランス図と、社員データグラフ機能が追加され7万9600円~。この他に初期費用がかかる。

 従業員20~30人の会社から1万人の大企業まで、約1300社と契約を結んでいる(2019年3月末現在)が、300~1000人規模の企業の利用がボリュームゾーンだそうだ。

*ミック経済研究所『HRTechクラウド市場の実態と展望2018年度版』「人事・配置クラウド」分野・出荷社数より

ツールもなかったニッチ市場だからと創業した

「実はこういうものが欲しかった」という企業の潜在ニーズを掘り起こしてビジネスにしたHR(Human Resources)テックの人材管理システムを提供する(株)カオナビは、2019年3月にマザーズに上場を果たした。

「人材業界では、どちらかというと採用領域の方がメジャーなので、入社した後の社員にどう活躍していただくかみたいなところにテクノロジーが入ること自体がニッチです。われわれもそこがニッチだと捉えたからこそ、創業しました。これまでにない領域でのIPO(上場)によってカオナビという社名が少し世の中に触れ、注目を浴びたというのは意味があったと思います」と語るのは創業者の1人、佐藤寛之取締役副社長COO。

 給与計算でも勤怠管理でもなく、人の能力、個性、モチベーションといった、もともとツール等がなかった領域だからこそクラウドへの対応も遅く、勝負できるのではないかと事業をスタートさせた。

 

 佐藤副社長は、経営コンサルティング会社「リンクアンドモチベーション」を経て、システムのコンサルティングや開発業務を行う「シンプレクス」で500~600人の人事責任者を務めていた。その時に感じていた課題や問題点が、このサービス開発につながることになる。ちょうど同時期に「@コスメ」で知られる「アイスタイル」から独立した現カオナビ代表取締役社長CEOの柳橋仁機氏も全く同じことを考えていて、2人は意気投合した。その後、カオナビの原型となるものができ、最初にサイバーエージェントへ提供。2012年にカオナビの事業が本格的にスタートすることになった。

「カオナビは、売り切りではなく、サブスクリプションモデルなので月額でご利用いただいていますが、ITとはいえモノを作って売るという行為は普遍的です。モノづくりなので、先行者のものをまねて作ることも当然ありますから競合の会社はたくさんあります。そこで差別化、つまり、どうしたらお客さんが選んでくれるかということがポイントになってきます。機能は、いつかはまねできるものであるという前提に立ち、機能優位型から活用ノウハウとか知的財産の方に優位性を持っていかないといけません。当社の場合、今までに約1300社のお客さまがいるのでこの方々がどうやってカオナビを使っているかというノウハウがあります。こうしたノウハウ提供型のサービスに移行していくというステージにきているなと思います。そのためにも早く面をとって、早く事例をたくさんとった会社の方が強いのではないかというのが事業戦略の仮説です。まだ発展途中の領域なので、機能よりもノウハウが大事で、どう使いこなすかがわれわれの業界のポイントでしょうね」(佐藤副社長)

ゲーム感覚で分かりやすく、楽しく、イマジネーションを膨らませる

「もともと、僕も社長も『プロ野球名鑑』とか『三國志』や『信長の野望』が大好きなんです。何なら『ドラゴンボール』みたいにキャラクターの横に数字が出てきてほしい(笑)と思っているぐらいで、経営者側からするとその人の能力を最大限に生かしたいと思ったら、その人のスキルなどのゲージが見たいっていうのがあるじゃないですか。データになってない経歴情報等も含めて把握して、『彼に任せてみよう』とか、『彼女にはこういう仕事が向いているんじゃないか』という議論ができると思ったんですね」(同)

 これを、飲食店を例に説明してもらった。

「働く方々の評価ですが、飲食の企業にはきっちり目標管理制度でできる会社と、例えば立地やアルバイトによって店舗の売上げが変動してしまうから一律の制度での評価は難しいという会社があります。だからどんな資格を持っていて、どんな経験があり、どんな研修を受けたからこの階層で給料がいくらでって決めた方がいいとしている会社もあるわけです。僕らはツール屋なので、どちらにも対応できるようにしています。どういう使い方をするかは、その企業の考え方や、業種・業態によるということです」(同)

 アパレルはどうなんだろうか。

「アパレルには2つの動きがあります。業態のチェンジ等をしていかなくてはならない状況で、社内でプラットフォームが作れる人材やITに精通した人材といった今までとは違う種類の人材を抜擢したりするタレントマネジメントの動きと、店舗ではできるだけ正社員化をして、雇用を確保していこうという動きです」(同)

流通業から多い「どうしたら離職を防げるか?」の相談

「創業したころは、優秀な人材をどうピックアップするかという話が多かったんですが、昨今のお客さまのニーズは、優秀な人材に限らず、今いる社員をどう生かすんだ、どうしたらもっとイキイキ働いてもらえるのか、どうしたら離職を防げるんだ、というお話が圧倒的に多くなってきました。流通業でいうと契約社員の方を正社員化した方が採用効率が良いので、正社員になってもらうためにはどうしたらいいか、どこに配置したら活躍できるんだろう、どういうポジションにしたら辞めないんだろう、というお話が多いです」(同)

 

「ただ、今の若い人って働く動機がお金や地位じゃないんです。以前、大阪の引っ越し会社で話を聞いてみたら、全く採用に困っていない。採用した人たちをもっとどう生かすかに力を入れていますというお話でした。1%でも離職を防げば、他の競合よりも圧倒的に件数を稼げる。だから、人が辞めず、採用できる会社は生き残れるんでしょうね。その企業はとても工夫をしていて、研修プログラムの中でどう若い社員に教えたらいいかとか、何でこの会社に入ったのかとか、どういう研修を受けているのかとか、積極的にカオナビにいろいろなデータを入れてすごく丁寧に管理しようとしています。

 丸亀製麺(トリドールホールディングス)さんは当社と長いお付き合いで、店舗の従業員全員にスマートフォンを配って、従業員はそこからカオナビにアクセスしています。休み時間にお店の裏に行って、異動願いを出したりできるというわけです。『サービス業は人がとれなくなるから、うちで働いていてよかったと思う会社をつくらない限り、それが事業の足を引っ張る』ってはっきり言っていました」(同)

大事なのは入り口と出口が一貫していること

「入社から退職するまで、一貫してその企業に期待しているものと提供されているもののギャップがないことが大事です。同じサービス業で働いていても、自分で仕組みを作れるから面白いと言う人もいるし、目の前のお客さんに喜んでもらえるのが楽しいっていう人もいるんですね。企業としては、どういう人たちに集まってほしいかという最初の採用のメッセージをどんなふうに出し、入った後に評価し、それによって収益が上がって、『ありがとう』っ言って卒業してもらうというのが良いですよね。

 組織に帰属する要因というのは、その組織の目標の魅力なのか、どんな仕事をしているかという活動自体の魅力なのか、どういう人と働くかという集団の魅力なのか、給料や制度体系という特権の魅力なのか。この4つほど人が組織に帰属する理由があるといわれています。これの何を提供される会社だと思って入社し、実際に入った後に、制度ややっている仕事などから、それを大切にしていることが一貫して伝わってくるかということです。日本は新卒一括採用という文化ですが、今や『いい会社だからハッピーです』とはいかない時代です。そのためには、同じ小売業でも、うちの魅力はここにあるという組織の定義ができていることが重要になるわけです」(同)

カオナビのWA」で情報共有して使いこなせ

 こうした他の会社の事例は、喉から手が出るほど欲しいのではないだろうか。そこでカオナビでは、顧客が情報共有できる場「カオナビのWA」を始めた。なぜカオナビを使っているのか、何でうまくっているのかといった1300社のノウハウの情報を共有する場である。そこではセミナーやユーザー同士のディスカッション、相談会などが活発に開催されている。また、ブログや活用事例などもホームページでオープンにしている。

「カオナビのWAに来ていただいて、ノウハウを知って、じゃあ、うちもこうすればいいかもしれない、とヒントを得て帰っていく感じです。僕たちが提供しているのはツールなので、できるだけユーザーに自走していただきたいんです。もちろん費用をいただければコンサルティングもしますけど、自分で考えながら使った方が愛着もわきますしね」(同)

 営業やサポートが連携して、お客さまの使い方や課題の収拾にも力を入れている。

「お客さんと話をしながら、こうやって改善した方がいいんじゃないかとか、この方がお客さんも使いやすいんじゃないかと議論しながらプロダクトを拡張していくモデルは、日本人のモノづくりで培われている地道さみたいなものに向いている気がしますね」(同)

 

 顔写真が並ぶ画面は使いやすくパッと見て分かるだけでなく、PCがなくても、スマートフォンやタブレットでつながることができる。情報の鮮度が求められる今、リアルタイムで見られたり入力したりできるというのは大いに武器になる。そしてそれこそが、HRテックならではの利点だろう。

 日本の労働力人口は減り、長時間労働の改善と生産性向上が求められ、『働き方改革』は多くの企業にとって急務である。課題を解決し、それに何より働く人が幸せになることができれば。そんな思いを実現してくれるツールを、私も使ってみたくなった。