【プロフィール】1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し、現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

この連載では中国で発展する「ニューリテール(新小売)」について、劉潤の『事例でわかる新・小売革命』を参考にしつつ、最新の事例を紹介しながら、従来のオムニチャネルやO2O(Online to Offline)と比べてどのような革新性があるのか、またそれはどれほど日本に通用するのかを解説していきたい。

生鮮食品スーパーの新しい形「フーマーフレッシュ(盒馬鮮生)」

 この数年の中国のテクノロジーの進化とそれによるビジネスのイノベーションを語る上で欠かせないコンセプト、ニューリテール。中国のITビジネスコンサルタントである劉潤(リュウ・ルン)氏の著書『事例でわかる新・小売革命』は、このニューリテールの中国側の背景となる情報を含めて紹介しており、日本のリテール業界のみならずデジタルによって革新を迫られるマーケティング業界にとっても興味深い。

 本書では数々のビジネスモデルが劉潤の分析に基づいて解説されているが、中でもアリババグループの「フーマーフレッシュ」は、中国のニューリテールを代表する事例である。考え方は米国の小売りのオムニチャネル手法の1つである店舗を倉庫兼発送拠点とする「倉庫直結店舗」であり、それを生鮮食品の分野でオフライン店舗体験をとしつつ、高効率化はオンライン化によって目指すというモデルだ。

フーマーフレッシュの鮮魚売場。いけすで生きたまま展示することが鮮度の信頼性確保につながっている。(Shutterstock)

 フーマーフレッシュでのニューリテールの要点は以下の5つである。

1.店舗の売上げに加え、オンラインでリピート率を高め、売場効率を上げる

2.オンラインでの生鮮食品の質に対する懸念を払しょくするため飲食を含む店舗体験を提供

3.アプリ決済を店舗でも強制させオンラインでのリピート発注へ誘導

4.3㎞圏内最速30分配送という圧倒的な利便性を実現し商圏内の購買頻度を上げる

5.倉庫直結店舗で在庫コストを最小化

アプリから購入すると商品を入れたバッグが天井のレールに沿って移動。バイク配達員の待機場所に送られる(Shutterstock)

 劉潤によればフーマーフレッシュの成功は、アリババグループCEOのダニエル・チャンと、フーマー創業者のコンピュータサイエンスの学歴を持ち従来型の流通と物流の経験がある候毅(ホウ・イー)が最初から明確なビジョンを持っていたからとされる。そのため最初からオンラインの売上げを50%以上にすることで、オフラインだけのスーパーマーケットでは得られない売場効率を出すことが命題だった。

 ニューリテールがアリババのようなIT企業から生まれ、既存のリテール業界ではなかったことがここではよく分かる。アリババにとっては最初からテクノロジーによって、リテール業そのものを「破壊(Disrupt)」することが目的だったからである。

夫婦経営小型商店をデータでエンパワーメントし高効率のコンビニへ進化

 アリババグループのもう1つのニューリテールの形は、おそらく日本の流通環境との親和性がより高いだろう。それは文字通り、旧来の伝統的なオールド小型商店をアリババグループのデジタルパワーによって高効率のニューリテールへと進化させるからだ。「天猫小店」といわれるアリババグループのコンビニは、中国の地元によくある夫婦経営の小さな雑貨店を高効率化したチェーンストアのことである。

 Amazonがホールフーズ・マーケットを買収したように、ジャック・マーが考えるニューリテールの行く先は、自身の持つデジタルのビッグデータをフルに活用しながら、リアル店舗を高効率化させることだ。この天猫小店の高効率化の目指すところは、セブン&アイグループのお家芸でもある店舗ごとのマーチャンダイジング精度の高さと細かな物流体制にある。

 しかし劉潤によれば、アリババの力をもってするとその優位性はほぼ無効化されてしまう。というのもアリババは天猫小店向けにこれまでの流通のセオリー通り巨大な物流投資をしたことは確かだが、実際のその強みはアリババがこれまで築いてきたECから得たビッグデータによるマッチングだからである。つまり天猫小店のニューリテールの要点は以下の6つである。

1.EC(タオバオ・Tモール)のビッグデータにより店舗商圏のニーズを把握しマーチャンダイジングに反映

2.ECの商品調達能力をチェーンへの商品供給の幅の広さに反映

3.チェーンストア向けのサプライチェーンプラットホームである「リンシャオトン」を構築

4.デジタル決済アリペイによる消費行動の把握

5.ウェブサイトやモバイルのデジタルタッチポイントによる顧客へのマーケティング

6.店舗で獲得した新規顧客へアリババのデジタルの利便性を体験し顧客化

 上記1〜3はセブン&アイをはじめとした日本の流通企業が得意な「物の流れ」のように見えるが、その精度の高さは、劉潤によればアリババのビッグデータによって、「セブン-イレブンの数倍の力」を発揮する。それに加えて彼らの狙いは、店舗という受け皿を加えたことによって、これまでアリババのECの顧客の利便性を知らなかった新しい顧客(特に高齢者と子供)が、増えていくことが重要なのだ。

日本の流通に欠けている視点

 よく見ると天猫小店においてアリババグループが実行していることは、日本の流通業界が直近10年間においてオムニチャネル化という名前で進めていた内容とそう変わりはないように見える。日本でもEC化が進んでいるアパレルのような業界をはじめ、自社会員組織をデジタルで構築してそれを店舗以外のタッチポイントとして活用している例は少ないわけではない。

 だがそこに大きな違いがあるとすれば、その全体のエコシステムの設計思想にある。アリババグループはフーマーフレッシュといい天猫小店といい、全体の設計思想が優れており、決して単にオンラインとオフラインを統合したわけではない。劉潤の分析するニューリテールの構造とは、それぞれの弱みを補完しながら、最終的にデジタルデータの恩恵を得られるようなループに顧客を招き入れることでそのシステムが成長するようになっている。

 ここ最近の流通におけるモバイル決済の競争を見ると、アリババのようにデータエンパワーメントの力を活用するべく自社のオフライン店舗接点でトライアル機会を増やそうとしているように見える。だが実際の消費者の認知レベルを見ると、LINEPayとPayPayのデジタルプラットフォームの決済の方が、流通側の決済よりも浸透しているように感じられる。それは彼らのようなデジタルプラットフォーマーの方が、データが消費者の生活の接点でどう生かせるか、という視点に長けているからである。

 このようなエコシステムを考える全体設計思想がないと、データエンパワーメントそのものが成り立たず、ただ接点やデータが増えるだけでは顧客だけでなく社内も混乱するだけである。中国IT企業のニューリテールが「顧客ファースト」だといわれるのは、個々のオンラインとオフライン接点の「物と金」の流れにとらわれず、それぞれの接点での顧客の利便性を最大化させる仕組みを作っている点である。このような視点は、ただモバイル決済で割引競争しているだけでは決して到達しないだろう。

 

 

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(次回予告)第2回 シャオミ:ECのデータ効率化の論理をリアル店舗へ