歴史は誘惑に満ちている。真の「歴史」は、時間とともに消えゆく。いわゆる「歴史」とは、あくまで過去に起きた事実を、後世の人間が、ある概念に基づいて創り上げた「物語」フィクションである。同時代の場合でも、歴史に携わった当事者本人の場合でも、「歴史」は全て「過去」になった事実を、「物語」として著述するもの、である。

 だからフィクションである歴史小説も、ノン・フィクションである歴史書も、「過去についての物語」という点では、同じである。そう考えたとき、吉川英治から司馬遼太郎を経て中野信子に至るまで、歴史を説くものの多くには、ある共通点がある。それは歴史の「物語」の組み立ての中心を、「人物論」に置いている、ということである。

 実は伝奇小説の妙手だった吉川英治が、歴史小説の第一人者になったのは、『宮本武蔵』による。吉川は戦後の歴史物を次々取り上げたが、それは全て歴史を「人物論」でとらえ、そこから教訓を導き出したものだった。彼は剣豪武蔵や権力者清盛を、「普通(イヤなコトバだが、等身大)の人間」として描いたのである。

 吉川に取って代わった司馬は(彼も処女作『梟の城』は伝奇小説だったが)、吉川と異なる戦後価値発想で人物をとらえ、論じた。それは逆に全く人物もその思想も論ぜず、専らその政治的動きを論じた、傑作の1つ『空海の風景』を読めば明らかである。他方、中野信子の名前は知らない人が多いだろう。彼女はNHK BSのユニークな歴史学者・磯田道史司会の歴史番組の常連出演者の1人である、俊英の脳科学者である。彼女は、例えば信長について「彼はサイコパスである」という。サイコパスの説明はここでは省くが、これは歴史を見る全く新しい視点である。だが同時に、視点はたとえ斬新でも、「人物論」である、という1点においては、過去の歴史小説家や学者と同じである。

 歴史小説家宮城谷昌光についても、同じことがいい得る。その代表作『三国志』は、英雄豪傑の活躍する三国志演義ではなく、歴史書である正史三国志をベースにした小説である。そこで宮城谷は、俗説が天才軍師と呼ぶ孔明を、戦争下手と断じる。歴史の事実を見れば、それは正しいのだろう。それは「等身大の人物が・織りなす歴史としての三国志」である。大陸舞台の三国志でさえ、歴史は「人物論」中心の視点で見られている。

 日経の書評日の第1ページに、経営者の推薦書・愛読書の紹介とその理由の解説が行われている。そこでも圧倒的に多いのは、「人物論」という視点で書かれた歴史書あるいは歴史小説である。ではなぜ多くの「歴史書」は、圧倒的に「人物論」の視点で描かれるのか。簡単にいえば、その方が読み物として、「面白く・説得力がある」からである。

 だが改めて経営という視点からこれを見れば、実は経営にとって参考になるのは、「人物論」中心の歴史書よりも、「人物論」以外の視点で描かれた「歴史(書)」ではないか。吉川・司馬から中野に至る人物論の系譜ではなく、カエサルから大岡昇平に至る、むしろ人物論をあえて排除した、もう1つの「歴史書」の系譜である。カエサルは、その著書『内乱記』と『ガリア戦記』、大岡はその大著『レイテ戦記』において。

 なぜそれは経営にとって参考になるか。両者ともロジスティックスあるいは地政学(もちろん、そうと意識せずに)を論じているからである。それは吉川・司馬・中野・宮城谷より才能の点で優れているからではない。カエサルと大岡には、共通の「体験」、人物論などでは済まされぬ、切実な「戦争と戦場の実体験」があるからだ。

 私があえてこちらを推すのは、経営もまた切実な競争裡にある、実体験そのものだからである。では実体験と「人物論」と、どこが異なるか。戦争も経営も、1人称の自らの体験そのものしかないが、「人物論を主とした歴史者」はあくまで3人称の論評である。「人物論」を論じられるのは、当事者ではないから、だから3人称で見ることができるから、である。戦争も経営も、後で振り返って見たとき、立場はあくまで過去を振り返る3人称であるが、同時にそれは自ら1人称の、自分自身の体験そのものしかあり得ない。

 体裁は3人称の、カエサルの両著と大岡の『レイテ戦記』には、そこで共通点がある。それはおびただしい固有名詞と数字が出てくることである。固有名詞は主に地名と人名。数字は人数であり物量である。だから3著とも、「人物論」中心の歴史書に比べ、はるかに読みにくい。カエサルと大岡は、偶然にも、およそ美文とは全く無縁の、簡潔な名文家で知られる人である。にもかかわらず、読みにくい(カエサルの2著については、塩野七生『ローマ人の物語』ⅣとⅤが、著者自身は人物論重視なのだが、カエサル自身の著書につく以上、地図とともにロジスティックスにも通じる読みやすい解説になっている)。

 だが固有名詞と数字が頻出することこそ、経営に関連する著作の特徴ではないか。多くの歴史書がすいすいと読めるのは、人物論中心の娯楽ものだからである。およそほとんどの人が行ったこともない・おそらく生涯無縁な、地名が頻出する書物ほど、読みにくいものはない。だが地名が頻出することこそ、これらの歴史書が人物論ではなく、ロジスティックスあるいは地政学に関わることを証明する。人名は、どうか。人物論が全くないとはいわない、だがカエサルも大岡も、まさに「意識して」人物論を極力抑えている。人物論などで戦争が動くものではないことを、戦争実体験者である2人は熟知しており、読者にもそれを暗示しているからだ。

 考えてみれば、われわれが「人物論」中心の歴史書を、経営の参考になると思うのは、人物で経営が動く、と思っているからである。もちろん経営は人物で動く。だが今までそのことを過大に考え過ぎていたのではないか。ウォルマートがすごいのは、実店舗という前提ではあるが、またそれ故に、まず全てを店舗出店からではなく、モノのロジスティックスから考えたことである。それはサム・ウォルトンという人物の「人物論」とは無関係である。私がなぜ世評の高い彼の自叙伝に興味がないか、その理由の1つである。

 日本の歴史でも、例えば秀吉は、1.水攻めという合戦より人命損傷の少ない手を用い(彼が尊重したのは人命ではなく兵士とその士気という得難いコストである)、2.中国大返しでは絶妙な食料と武器の手配をした、3.そして何よりも家康を江戸へ移封した。

 だがロジスティックスについて、最も注目すべきは、その家康である。なぜなら彼は1.武力による天下統一という時間とコストのムダを避け、幕藩体制をつくり、2.外様大藩を全て江戸を攻めるのに時間のかかる遠隔地に置き、3.間に微禄の親藩をゲリラのごとくはめ込み、4.あまつさえ参勤交代を強い(実行したのは秀忠だが)、5.さらに関所を周到に配置し、6.箱根という天下の険の向こうで江戸を固める、というまさにロジスティックスあるいは地政学の完全活用というしかない手を打った。ここから経営が学ぶとき、歴史書が論じる家康のいわゆる「人物像」など、全く無視し得る。ここにこそ、われわれが新たに歴史に学ぶ、最も重要な視点があるのではないか、いかが。

※この原稿は島田陽介先生のアドレス宛に、メールアドレスを送付した方に毎月不定期に送られる「今月の提言」から抜粋したものです。