ファン化は体験価値を高めることから始まる

 取得したデータをどう活用するかを考えるときも、マインドセットは「どうすれば売上げが上がるか」ではなく、「どうしたら店舗における体験価値を高められるか」に重点を置くべきです。

 もちろん、取得したデータに基づいて革新的な製品を開発する、ということも体験価値向上の一部かもしれませんが、アフターデジタルな世界では、もっと生活に寄り添うような、顧客が心の中で望んでいたことが瞬時に体現されて心地よいというような体験価値が必要となってきます。

 理想は、顧客がある製品と出合ってから購入するまでの(あるいは結果的に購入しなかったとしても)「全ての過程で心地よい状態」を生み出すことです。

 例えば、消費者が気になった商品の関連情報が能動的に検索しなくても次々と手元に届く。「欲しい」と思った商品には絶対欠品がない状態を作る。帰宅する時間を狙って購入した商品が届く――そんな一見些細な(しかし技術的には難しい)ことも、テクノロジーが実現し、消費者のエンゲージメントを飛躍的に向上させる時代となるでしょう。

 あるいは、顧客満足度のデータを取得し、店舗従業員の評価に反映するといった活用の仕方もあるかもしれません。従業員にとっては、それがより質の高い接客へのモチベーションになり、結果的に顧客の体験価値を高めることにつながるからです。

テクノロジー活用で可能となる「WTP」を引き上げるコミュニケーション

 もう1つ、データ活用と並んで重要になってくるのが、「WTP(Willing To Pay=支払い意志額)」を引き上げるコミュニケーションです。そして、それを可能にするのがテクノロジーである、という考え方がしっくりきます。

 デジタル店舗というと、ともすると見た目にも派手なテクノロジーの活かし方をイメージしがちですが、顧客の体験価値を高めるにあたり、対面のウェットなコミュニケーションは、デジタル化がさらに進んでいく時代だからこそ、むしろ非常に大きな武器となるのです。

 小売業はB2Cのビジネスですが、顧客の体験価値を高めるコミュニケーションとしては、さらに踏み込んだ「B4C」や「BwC」を意識したいところです。

・B4C(BforC)

 百貨店には昔から「お帳場」と呼ばれる商慣習があります。大多数の顧客を相手にするのではなく、たった1人の顧客のために「外商」と呼ばれる専属の担当者がつき、顧客のあらゆるニーズに全力で応えていく、まさに「あなたのためのビジネス」というスタイルの接客です。

 この「お帳場」に近い体験価値がAIやIoTなどの活用によって、さまざまな小売店舗でも提供可能になるのが、アフターデジタルの世界です。

 もちろん、これは精度の高いデータ活用とセットになりますが、顧客が何を欲しているのかを先回りして把握することで、これまでは属人的な経験と勘に頼っていた「おもてなし」的な接客を、比較的容易に再現できるはずです。

 場合によっては自社の商品やサービスの枠を超えた「気の利かせ方」を積み重ねることで、その顧客のエンゲージメントは高まっていき、WTPも引き上がっていくでしょう。

・BwC(BwithC)

 今や、製品にしても、サービスにしても、機能的価値での差別化は難しい時代です。ならば、情緒的価値を高めることで熱狂的なファンを生み出し、彼らを巻き込んでその熱量を波及させる店舗体験を設計した方が、よりWTPは引き上がるといえます。

 なぜなら、消費者はブランド自体からのプロモーショナルなメッセージよりも、それらの製品やサービスを実際にライフスタイルに取り込んでいるファンからの情報発信を信じるし、自分のライフスタイルの参考にしたいと考えているからです。

 BwCを最も体現しやすいのが、マイクロインフルエンサーとの協業によって店舗を中心としたコミュニティを形成するコミュニケーションです。店舗というリアルな接点だからこそ可能なイベントやワークショップを開催するといった施策が最もシンプルな方法でしょう。

 ここで、小売業のデジタル店舗ではないのですが、BwCの例を1つ挙げます。

 (株)アールシーコアが展開する「BESS」というログハウスブランドには、アウトドア好きな層を中心に、熱狂的なファンオーナーがたくさん存在します。彼らは、誰から頼まれなくとも、DIYインテリアなど細部にまでこだわった「BESSでの暮らし」を日々Instagramなどに発信しています。そのポストを見て「いい」と感じる消費者は、かなりの確率でBESSの展示場を訪れる(=来店に相当)というループが出来上がっています。さらに、全国の展示場では、そのようなスキルの高いオーナーを「コーチャー」として招いたワークショップイベントなどを開催することで、家を購入する前から消費者をBESSコミュニティのファンへと変えるコミュニケーションに余念がありません。結果、そのコミュニティに触れた消費者は「家を建てるならBESS以外ありえない」という状態を生み出すことに成功しているのです。

 このように、顧客のエンゲージメントを深め、来店する理由、買う理由を生み出すためには、どれだけ高度なテクノロジーを駆使したデジタル店舗であっても、重要な部分で「人間の力」が必要不可欠なのです。

 この原稿冒頭でネガティブな例として挙げたセルフレジやセミセルフレジの導入にしても、コスト削減という企業視点ではなく、決済におけるリソースが削減できた分を顧客の体験価値向上に還元する仕組みとコミュニケーションを考えた結果の具体策なのであれば、デジタル店舗としての質を高めることができるでしょう。