2019年5月にセントラルワールド内にオープンした「Gear Garage by FACTORY GEAR」の店舗。

 スナップオン、ネプロス、クニペックス、スタビレー。工具に興味がある人なら知らない人はいないであろう憧れの一流ブランドばかりを厳選した工具のセレクトショップ。それが1996年に誕生したファクトリーギアだ。

 世界のどこを見渡しても、ファクトリーギアのようなセレクトショップは例がない。そんな唯一無二の業態が今、快進撃を続けている。舞台は日本、台湾、タイ。今回はタイでの店舗展開を中心にファクトリーギアの可能性をクローズアップしてみよう。

タイへの進出を決めた一言

 2019年5月。バンコク中心部にある巨大ショッピングモール・セントラルワールドにユニークな店舗がオープンした。店名は「Gear Garage by FACTORY GEAR」。日本で13の店を展開するファクトリーギアがタイに開いた店舗だ。

 青い壁やレンガ模様の壁を背景に真っ赤なツールボックスが並ぶ光景はなんともクールで格好良い。センスの良い店が並ぶセントラルワールドの中でも全く遜色がないこの店は、ファクトリーギアとFC契約を結んだタイの企業、ウィラ・プレミアム・ツールスが運営している。

ファクトリーギアの代表取締役社長の髙野倉匡人氏

 ここで時計の針を過去に戻して、タイにおけるファクトリーギアの歩みを振り返ってみよう。1998年から台湾で工具の開発を進め、輸入も手掛けてきたファクトリーギアの代表取締役社長・髙野倉匡人氏は、かねてから付き合いのある台湾機械工具組合の会長からこう言われたという。

「どうして海外に進出しないのか。海外にモノを売らないのはもったいない」。さらに会長は次のように付け加えた。「日本人が海外に出るなら、最初の国はタイがいいだろう」 

 国内の市場規模が小さい国の成長企業は、活路を求めて積極的に外に出る。台湾しかり、韓国しかりだ。だが、日本は縮小傾向にあるとはいえ、依然として人口は多く、市場規模も大きい。国内だけでもやっていけないことはない。当時、髙野倉氏は海外進出を想定していなかったそうだ。

 だが、台湾工具界の重鎮の言葉を聞き、考えた。まず、一度タイに出てみるか。そうして実現したのが、展示会「マニュファクチュアリングエキスポ」への出展だ。2011年のことである。

 ただし、ファクトリーギアとしてではなく、2000年に国内外の工具メーカーと提携してユーザー目線で開発した工具ブランド「DEEN TOOLS」として出展した。まずはタイの工具市場の現状を把握するためだ。

 ここで運命の出会いが待っていた。

「お客さまの中に、『DEEN TOOLS』の商品も面白いが、ファクトリーギアという店の方がもっと面白いと興味を持ってくれたタイ人がいました。その人は夫婦で米国やドイツの工具の販売会社を営んでいるタイ人。米国の一流工具ブランド・スナップオンのタイのトップディーラーで、工具についてもビジネスについても理解度が高かった。『ぜひタイでファクトリーギアを展開させてほしい』というオファーを受け、FC契約を結びました」

 海外でのビジネスは「誰と組むか」が何よりも大切だ。願ってもないパートナーを得たファクトリーギアの出店計画は順調に進み、2012年に日系の製造業も数多く進出しているバンコク郊外のアマタナコン工業団地内にタイ1号店の「FACTORY GEAR」がオープンした。

富裕層から支持され、新たな顧客も

 ターゲットは工業団地内の工場に多くある日系企業。だが、タイの企業が運営するFC店のため、店で接客するのはタイ人のみ。日本人が足を運んでも日本語が通じないため、次第にタイ人の姿が目立つようになったという。

 しかし、この店の独自性と可能性が注目され、2014年にはバンコクの高級商業施設・Aスクエアに2号店がオープン。さらには、バンコク郊外の巨大商業施設メガバンナーのデベロッパーからもオファーが寄せられ、2015年に出店を果たす。メガバンナーの床面積は約40万平方メートル。タイでは最大級のショッピングモールだ。

工具が整然とディスプレーされたセントラルワールド店。工具にこだわる富裕層が足を運ぶ場所だ。

 このメガバンナー店がセントラルワールドへの出店の呼び水となった。セントラルワールドは、タイの財閥セントラルグループが運営している。「GEAR GARAGE」に興味を抱いたセントラルグループの担当者の前で髙野倉氏とタイのパートナーがプレゼンをしたところ、即決。今年5月、売場面積約70坪のセントラルワールド店が実現した。

 しかし、いまひとつ集客力に欠けたAスクエア店と1号店のアマタ店は既に閉店している。現在は、メガバンナー店とセントラルワールド店の二本立て。お客は、タイ人の富裕層をターゲットにしたグレードの高いクルマ・バイクを扱うfactoryオーナーが中心となっている。

 選びに選び抜いた品揃えだけに「GEAR GARAGE」に並ぶ工具の値段は高い。一例を挙げると、米国のスナップオンブランドのトルクレンチは1本2万4490バーツ(約8万6000円)もする。「GEAR GARAGE」は、富裕層向けの高級車を整備するための特別な工具という位置付けだ。

無機質な工具の特徴を生かした売場。近未来的なテイストが感じられる空間だ。

 富裕層からの熱い支持。これには髙野倉氏のこれまでの活動が奏功した。

「DIYや工具の雑誌『Garage Life(ガレージライフ)』でもう10年ほど連載を続けていますが、ちょうど私たちがタイに進出した2012年にタイ語版が発行されることになったんです。タイ語版の『Garage Life(ガレージライフ)』の読者はほぼタイ人の富裕層。そこに私の連載も翻訳されて掲載されたため、タイミングがよかった。タイ人のお金持ちの間で『FACTORY GEAR』の名前が一気に広がりました」

 先ほど、海外のビジネスは「誰と組むか」が大切だと書いたが、タイでは「誰を知っているか」も非常に重要だ。知り合いや口利きといったコネがあれば、チャンスを得やすく道を切り開きやすいが、知り合いがいなければ門前払いをくらうことがほとんど。ファクトリーギアの場合、雑誌「Garage Life(ガレージライフ)」の連載記事がお店の信頼性を高め、タイ富裕層のネットワークに入ることができたわけだ。

 現在、富裕層向けfactoryの需要に支えられ、人気を伸ばしているタイの「FACTORY GEAR」だが、大手自動車メーカーなどからの引き合いも増えている。というのも、日本のファクトリーギアが同様の道をたどっているからだ。

「当初、日本のファクトリーギアを訪れるのは自動車整備工場や家電品のメンテナンスを手掛けている中小事業所のオーナーさんたちでした。大手企業にはBtoBの専門セクションがありますからね。私たちの店は仕事で使う工具にこだわる個人のお客さんがメインでしたが、最近は急激に自動車メーカーやディーラー、建設や医療機器メーカーなど大手の法人からの注文が増えています」

 なぜ、大手がここにきてファクトリーギアに注目をし始めたのか。

 大手企業は今、効率化アップに効果的な工具を真剣に探し求めている。使いやすくて性能がよく、精度が高く、耐久性の高い道具であればいくらお金を出しても惜しくない。たとえイニシャルコストが高くなろうと、生産性を向上できる工具を選んだ方が長い目で見ればベターであり、そうした工具を導入し、生産工程を標準化したいと考える企業が増えているのだ。