前回は、チェーンストアが「商品価値を高めるMD」を行うことで、生活水準を高めた「ご利益」について説明をしました。今回はなぜ、こうしたことがダイエーやイトーヨーカ堂など総合スーパー(日本型GMS)ではできなかったかです。今回も、江口大雅君(小売業への就職を希望している男子学生、大学4年生)と一緒に、 話を進めていきます。

 編集部:1980年代までは、小売業の近代化の先端にあったのは、ダイエーとイトーヨーカ堂を先頭にした日本型GMSでした。日本型GMSは、ユニクロやニトリのような商品開発は行わなかったのですか?

 吉田:行ってはいましたが、国内工場で作っていたので、価格の衝撃はなかったのです。日本型GMSは1960年代、1970年代に百貨店価格を1/2に下げる役割は果たしました。

 ここで注意が必要なのですが、米国のGMSであるシアーズやJCペニーには食品はなく、衣と住関連商品だけです。つまり、日本型GMSは日本の発明なのです。

 なお、GMSの元になっているゼネラル・マーチャンダイジングの原義は、百貨店に対抗し、価格を合理化した一般商品という意味です。シアーズが先頭でした。

日本型GMSのMDの弱点

 吉田:日本型GMSは、1960年代に家業店からの小売りの近代化として、最も早く、総合品種の大型店を展開しました。それにもかかわらず、専門分野である衣料のユニクロ、住関連のニトリのような価格のディスカウントができず、ホームセンターからも顧客を奪われました。この根底には1990年代の円高の時期に、中国の工場で格安に商品を企画開発することを少ししか行えなかったという理由があります。

日本型GMSは店舗数が少ない

 この原因は、日本型GMSの1店舗売上げは30億円から100億円と大きくても、店舗数が100~200店と少なく、1品目当たりの開発商品の販売数が少なかったからです。ユニクロが1品目で数万枚を発注していたとき、日本型GMSのそれはわずか数千枚と1/10でした。

 そして今、専門分野にもかかわらず、ユニクロは1兆円、ニトリは5000億円の年商にまでなっています。

 他方、国内の日本型GMSで売上高1位のイトーヨーカ堂は年商1兆2555億円(180店:17年3月)です。既存店売上げと顧客数は、減少傾向です。

  イトーヨーカ堂は1988年、今から29年前に、1兆円の売上げを突破しています。その後は、ショッピングセンター(SC)中心の出店とM&Aをしても、既存店の売上減があったため、企業年商の増加がほとんどありません。

 江口:20代のわれわれとって、母が買ってくれたものはほとんどがユニクロのものでした。それと、革張りのソファが、30万円以上と高かったことに驚きました。自分で服に気を遣い始めた中学生のころは、みんなも着ているのがユニクロで、別のものが欲しかったのを思い出しました。ユニクロは世界で最初に、商品価値を高める商品開発をしたのですか。

 吉田:ユニクロは、ビジネスモデルでは、米国のギャップ(GAP)の商品開発をまねしています。小売業のビジネスモデルとは、商品の調達と販売方法のことをいいます。

GAPはディスカウント型の先駆けだった

 GAPは、約50年前の1969年にサンフランシスコで1店舗目を出しています。サンフランシスコは年中、気温が20℃台で着るものの季節変化がありません。そのため、同じ商品が1年中売れるのです。これは、衣料の売れ残りを作らない1品大量調達に非常に有利です。そこで、GAPはまずGMSの半分の価格で商品を売ったのです。

 四季の変化がある地域では、同じ商品が売れるシーズンは3カ月です。全部の陳列商品を、最低でも4回は変えねばならず、売れ残りの残品はロスになります。

 こうした点を見ると、GAPは店舗立地でも戦略的だったわけです。

 GAPはシアーズやJCペニーのGMS(食品を除く、衣と住の総合品種を販売する大型店)に対抗するため、GMSよりも低い価格帯(ロワーポピュラー帯という)の衣料の開発輸入(SPA)という商品調達の方法をとりました。

 小売業はどこも、最初は1店舗です。1品当たりでは量が少ない時から、GAPは中東や南米からの開発輸入を開始したのです。

 GAPは現在、世界に約3600店あります。1店で1シーズン(3カ月)に、1品目で50枚売れても、18枚という1回の発注量になるので、十分に安く製造できるわけです。