東京・北千住は「住みたい街」のランキング上位に位置付けられることが多い街。その理由としてよく言われるのが、北千住駅にはJRや東武スカイツリーライン、東京メトロ千代田線、日比谷線、つくばエクスプレスという5つの路線が乗り入れ、交通の便が非常に良いことだが、「住みたい街」とは、このようにインフラが整っているだけではなく、人の心を引き付ける空気感が漂っているからではないか。

全ての従業員が地元の人々のつながりを大切にしている

(株)一歩一歩 代表取締役 大谷順一氏

 筆者は北千住を「住みたい街」にしたのは大谷順一氏が原点ではないかと思っている。大谷氏は(株)一歩一歩という居酒屋を事業とする会社の創業社長。

 同社の最大の特徴は北千住のドミナント出店(地域を絞って出店する経営戦略)をすることで、現在、11店舗を擁しているが、そのうちの9店舗を北千住駅の西口半径約100mの中に展開する。

 どの店舗も従業員のチームプレーのレベルがとても高く、個々人の行動が俊敏、お客さまへの接し方が丁寧で礼儀正しさがある。大谷氏は「居酒屋から日本を元気にする」という目的で毎年開催されている居酒屋甲子園の第5代の理事長として、第10回、第11回の指揮をとったが、その時のテーマは「クールローカル」、つまり「地元ってかっこいい」だった。

 この一歩一歩の経営理念だが、「すべてはお客さまのために」である。

 地元を愛するマインドを持った従業員が地元のお客さまに喜んでいただけることを一生懸命に考え、その従業員の努力を会社の上司や仲間が褒めたたえることが、従業員が醸し出す心温まる空気感を生むのだろう。これが北千住全体に浸透しているように、筆者が思っている。

 ある日の光景を記すと……。商店街の居酒屋が店を開ける前の16時ごろ、従業員が通りを行き交う人にあいさつをしている。18時を過ぎると、それぞれの飲食店からお客さまの語らいと、従業員の元気の良い掛け声が商店街にあふれてくる。

「かいだんのうえ」という店名に込められた意味

創業の店の「炉ばた焼き 一歩一歩」がオープンした当時、同店は「宿場町通りの奥」に位置付けられていたが、現在ははるかその先にも賑わいは広がっている。

 一歩一歩の創業店は2007年3月に宿場町通りにオープンした「炉ばた焼き 一歩一歩」。それ以来、「もう一つの家」(2011年5月/炭火料理)、「てまえの一歩」(2012年11月/ろばた焼き)、「にぎりの一歩」(2013年6月/寿司)、「一歩一歩のカフェ食堂」(2015年4月/カフェ)、「歩きはじめ」(2016年7月/おでん)、「つつみの一歩」(2016年10月/野菜巻き串・餃子)という具合に、「一歩」の文字を入れて出店してきた。

「一歩一歩」の手前にあるから「てまえの一歩」。創業の店と同様の業態だが、オープンキッチンのスペースを広く構成することで食材や酒の陳列を豊富にした。
2018年4月にオープンした「魚屋ツキアタリミギ」。同店が出店したことで北千住西口の商圏は広がり、飲食店を回遊する楽しさが増えた。

 2018年4月にオープンした8号店は「魚屋ツキアタリミギ」(鮮魚・手作り料理)、今年5月にオープンした9号店は「かいだんのうえ」(寿司)。「魚屋ツキアタリミギ」は、魚屋を営んでいる店で本店の横を直進して突き当りの右にあるという意味だ。

 
アパートを改造した物件に「歩きはじめ」(1階)と「かいだんのうえ」(2階)が出店。店に入るときにインターホンを鳴らす。

「歩きはじめ」は高品質なおでんの店で熟年層が多い。「かいだんのうえ」とは「歩きはじめ」の2階にあり、階段を上ったところにあるという意味だ。「歩きはじめ」と「かいだんのうえ」はコーポ池田という元アパートの躯体に補強を施して2階建ての飲食店に改造したものだ。それぞれ11坪19席、10坪19席。家賃は1階が15万円、2階が5万円。2階の店はオープンしたばかりだが、現状の売上げペースと1階の実績からこの2店舗による売上げは700万円と想定され、家賃比率は3%となっている。

 一歩一歩が最近、出店した店舗に「一歩」の文字を外したのはなぜか。その理由について大谷氏はこう語る。

「ドミナント出店の場合はなおさらですが、飲食店は常に個店であるべきだと思っています。北千住で店舗展開をしている中で当社が『一歩』を付けた店を出店すると、北千住の人にとっては『また、一歩!』ということになります。このように言われ始めると、街にとって必要とされないというイメージがありました」

 ドミナント出店を継続している中でグループ店舗であることを主張すると、お客さまにとって店の特別感はなくなっていくのではないか。お客さまは一歩一歩が放つカルチャーを「楽しい」と感じてリピーターとなっているのだから、むしろ店名を名乗らない方が一歩一歩のカルチャーが伝わるのではないか。それは店名を隠すというスタンスではなく、ありきたりな一般名称を付けることで、お客さまは“くすっ”と笑い、「一歩一歩らしさ」を感じ取るのではないだろうか。

 新規出店した店舗名に「一歩」の文字がないことで既存店のイメージは古くはならない。「新しい試みが常に活性化をもたらすことが、街の中における居酒屋の役割です」と大谷氏は語る。