販売蔑視の罠

 過剰に作って供給する一方、アパレル業界は創ることに注力するほど販売消化に真剣に取り組んできたとは到底思えない。経営陣は販売現場に責任を押し付け、数字や人事による遠隔操作に終始するばかりで、販売や補給の仕組み、現場の消化スキルを根本から改革しようとはしてこなかった。

1)顧客と現場を見ない量と数字の遠隔操作

 売上げを増やすには店舗を増やし在庫を積めばよいというスタンスが強く、本部のデスクでPOSの数字を見て在庫をコントロールし、売れ筋は追加あるいは類似品を投入し、不振品は値引きで処理しようとする。それでは品揃えが細り、売れ残り品が滞貨し、値引きが荒利を食いつぶしてしまう。

 POSでは捉えきれない品揃えのデリケートなバランス、売場での分類配置や陳列訴求、ウエアリング提案と顧客の反応を見て、現場が機動的に在庫を編集運用して販売と連携させないと消化は進まない。これが本当のビジュアルマーチャンダイジングだが、アパレル業界はディスプレーに終始してフェイシング管理も編集運用も軽視し、消化運用スキルを失ってしまった。もとよりアパレルや食品はローカル性が強く、本部による一律な品揃えや在庫運用では効率的な消化は望めない。顧客に直接接する現場の判断や運用スキルが売上げや消化を大きく左右する。

 そんな当たり前のことを軽視して、本部が数字だけで一方的に配分・補給し値引きや店間移動を指示するCMIに徹すれば、現場は判断センスと運用スキルを失って「指示待ちのコストセンター」に堕してしまい、「知恵と工夫で結果を出すプロフィットセンター」からかけ離れてしまう。店舗の現場で働いているのは知恵も人格も人生もある生身の人間であることが事業規模の拡大とともに忘れられた感は否めない。

 欧米の大手チェーンが情報システムの分散処理と同様、現場の判断や工夫を引き出すSMIに転じていったのと比べれば、わが国のアパレルチェーンは中央集権のCMIに固執して現場の活力を損なったのではないか。大手GMSとドン・キホーテ(PPIH)の業績格差を見ればCMIとSMIの明暗は明らかだろう。POS依存のCMIが現場の活力とスキルを損なうという弊害の大きさを痛感するにつけ、ブームに火がついたAI依存が危ぶまれる。

※CMI(Central Managed Inventory)は本部が品揃えと在庫のコントロールを担う体制。SMI(Store Managed Inventory)は店舗が部分的にせよ品揃えと在庫のコントロールを担う体制。

2)販売員の使い捨て

 現場の運用スキル劣化をもたらしたもう1つの要因が定着率の低さで、3年以内に辞めてしまう店舗スタッフが大半では消化運用スキルは定着しない。会社として確立した運用マニュアルやそれをベースとした週次月次の運用指示に加え(今やタブレットベースの双方向ビジュアル確認グループウエアが必定)、マニュアルではカバーし切れない状況対応の判断力と運用スキルの現場承継が必要だからだ。

 そんな運用スキルの習熟が売上げと消化に直結し、キャリアを積めば報酬も上昇していくというのが健全なガバナンスだが、アパレル販売の現場では「接客販売」ばかりがフォーカスされ、接客テクニックを競う「ロープレコンテスト」が横行してきた。

 物品販売では正確な情報(商品情報や在庫情報)を提供して顧客のスムーズな商品選択をサポートするのが接客の役割であり、必要以上に購入をあおったり親密な接遇をしては過剰購入や返品など弊害が生ずる。接客テクニックで販売消化するには限界があり、下手にあおれば「押し込み販売」と顧客を遠ざけかねないし、個人売上げスライドで報酬を伸ばせる人は限られる。

 販売の大半は品揃えと分類配置、フェイシング管理・補充、出前訴求と編集運用という「販売準備陳列」(本当のVMD)で決まるものであり、アパレルの場合、買上率や客単価はフィッティングのスキルが大きく左右する。その習熟を軽視したまま「接客販売」を競わせても成果は限られ、店舗スタッフの報酬を伸ばして定着率を上げるのは難しい。C&Cが急伸する今日では「ロープレコンテスト」より「タブレット接客コンテスト」の方がはるかに有用ではないか。

「販売」とは何か「店舗運営」とは何か、何がコストになり何が利益を生むのか、真摯に体得しようとせずPOS依存の遠隔操作で現場の運用スキルを損ない、原価率を切り下げて値引きと残品のロスを穴埋めしてきた机上の経営陣がアパレル業界をダメにした、と言ったら過言だろうか。

 

顧客蔑視の罠

 これら全ての過ちの源泉が「ファッションシステム」といわれる業界ぐるみの情報の非対称性増幅操作と根拠のない感性の優越意識だ。分かりやすく言えば、作り手売り手の消費者に対する情報優位を増幅して付加価値を高めようという、消費者保護の精神に真っ向から逆らう今どき鼻白む業界論理だ。

 ファッション業界とジャーナリズムが結託して消費者をあおるという古典的な「ファッションシステム」が成立したのは1920年代のパリとNYだといわれるが、わが国ではファッション誌ブームがブレイクした70年代初期だったと思われる。その仕組みが頂点に達したのがDCブームピークの84年で、同時に付加価値バブルの崩壊が始まっている。

 作り手売り手の方が高感度で情報が先行し高い付加価値が成立するという「ファッションシステム」の論理は、バブル崩壊後の90年代からストリートファッションに目覚めた若い消費者によって崩れ始め、アパレル製品の価格はデフレしていく。「ファッションシステム」の崩壊を決定的にしたのがSNSによるネット・デモクラシーで、今や消費者代表のインフルエンサーが「ファッションシステム」の上位に立って業界の情報優位性は完全に崩れた。

 結果、ウエアリングのローカル化(地域や世代の文化やライフスタイルによる分散)が急速に進み、欧米ファッション業界を頂点としたモードトレンドの神通力は崩壊。一部スーパーブランドを除いてグローバルブランドの業績が急速に陰りつつあるが、わが国アパレル業界の欧米モードトレンド信仰はいまだ根強く、ローカルなマーケットとの乖離と過剰供給でアパレル販売の不振は極まっている。

 アパレル業界がものづくりより販売消化に注力し、「ファッションシステム」の幻想にとらわれず顧客に寄り添っていれば、小売プラットフォーマーが自らの利益のためにアパレル業界を収奪することがなかったなら、原価率がこれほど切り下げられることもお値打ちが劣化することもなく、過半が売れ残るという惨状に陥ることはなかったのではないか。今からでも遅くはない。欧米モードトレンドにとらわれずローカルな顧客に寄り添い、調達量を抑制して現場スキルで大切に売り切っていくなら、アパレル業界は消費者の価格不信を払拭して泥沼を脱出できるかもしれない。