消費者は合理的な生き物である

中見 流れは一貫している部分もあるけれど、2つの大きな流れ、ノンアルコールの流れがあれば、アルコール度の高いビールの流れなど、バランスが保たれているのでしょうか。

 

山田 大きな流れというのは、実はアルコール度数が高い、低いとかではなく、「消費者が合理的な選択をしていること」だと思っています。『淡麗グリーンラベル』をやったときに最初に感じたのは糖質オフで、飲んでいる人がおいしくて、これを選ばない合理的な理由はあるのかと消費者が思っているかです。酔いたくないけど、ちょっとだけ気持ちよくなりたい気分のときに、アルコール度数0%や1%のものを飲んで楽しむというのもそうで、消費者はこうした選択肢を使い分けているのだと思いました。

 お客さまが賢い選択をするようになってきている。逆にいうと、賢い選択をせざるを得ない、経済的な要因があるのかなとも思っています。18歳の甥に好きな服は何かと聞くと、「古着屋でよく買い、メルカリで売る」と言います。「メルカリで売れそうなものしか買わない」と言うのです。正直びっくりしました。「シェアリングエコノミー」とか、「持たない」ということは頭の中で分かっていたつもりでしたが、目の前の甥がそうした消費購買行動を取っているのを知った瞬間、衝撃を受けました。やっぱり合理的なのです。持つものと、持たないものを分けているというか。今の若者は、1万円のものを買っても、5000円で売れたら、その間の使用料が5000円だと考えているのだと思います。

 そして、「シェアリングエコノミーといった現象をビールに置き換えるとどういうことかな」とよく考えるようになりました。

 合理性という文脈でいうと、昔、家庭用の生ビールサーバーをビジネスとしてやったことが、そうなのかなと思っています。

 このビジネスは結果的にはうまくいきませんでしたが、1520mlのビールを冷蔵庫に入れておいて、サーバーで注げるという仕組みを作ったのです。このビールには2つの期待値があると思っていました。1つはきれいな泡のビールが飲めて、すごくおいしいということ。もう1つは普通のビールは350ml缶、250ml缶、500ml缶とサイズに縛りがありますが、1520mlなら、自分の好きな量を飲んでいいということ。容量の縛りをフリーにしたことが、実はとても大きな付加価値だったのです。風呂上がりにグラス1杯だけ飲みたいニーズですね。350ml缶を1回開けたら飲み切らないといけないけれど、そういう容量の縛りから逃れられるニーズは合理的な選択に適うのだと思います。

商品ラインアップが増えてくる背景

中見 ビールにはいろいろな種類があって、『ラガー』や『一番搾り』などのど真ん中の商品と、『ハートランドビール』、発泡酒、第3のビールなどの新規のラインアップがあり、消費者はそれらを合理的に選択するようになってきています。一方で、ビールには嗜好品的な要素があり、飲む仲間も含めて、ビールの価値は快楽性的なものだと思っています。『ハートランドビール』は、そうした嗜好品的要素を大切にしてきたブランドであり、クラフトビールは選ぶ楽しさ、味の違いを大切にしてきました。では、今日の消費者はビールをどのように捉えていると山田さんは考えていますか。

山田 お酒の持っている価値は「人を元気づけること」。1日のお疲れさまをお客さまに提供する。すると、明日の朝から、もう1回仕事を頑張れる。そういうものなのかなと思っているので、楽しくないといけない。人は普段、合理的な判断をするけれど、いつも合理的な判断ばかりをしているわけでもない。結果的に合理的な判断になっているだけの話です。お客さまの声なき声に耳を傾け、そこを見誤らないようにすることも大切と思っています。

 また、ビールの話で避けて通れないのが『とりあえずビール』という文化です。80年代くらいまでは高度経済成長が続いていて、冷蔵庫が家庭に普及し、サザエさんの三河屋のご用聞きのサブちゃんが来て、「いつもの1ケース届けます」という宅配の仕組みがありました。そして、瓶ビールというプロダクトがあり、家庭で飲むインフラの冷蔵庫があり、夏場に男性ヘビーユーザーが飲むという習慣がありました。

 それが80年代後半にかけ、ビールがものすごくカジュアルになっていきましたが、昭和の時代は単品でより良いもの、認められているものをちゃんと作って、みんなが飲むという世界でよかったのです。

 しかし、平成に入って、ビールの新商品が次々に出てきて、ビールといえばこういうものだという文脈が変わってきました。いろいろな取り組みができて、価格軸ができて、缶のセルフ販売が始まり、パッケージの中心は瓶から缶になりました。販売チャネルも宅配から店頭で選ぶことに変わり、この流れは今日でも続いています。

 令和になり、ビール業界で次に何が起こるかを予測することはなかなか難しいのですが、これからの時代もお客さまを元気づけていきたいという想いを持っています。

『とりあえずビール』の価値は、昔の日本ではすごかったのです。夕方、仕事が終わってみんなで飲みに行く。同じものを飲んで、共通価値、絆を共有する。座って、「とりあえず5つください」と言って、3分待ったら5つジョッキが来る。「ビールを5つ」と言わなくていい。これで日本のビール会社は大変得をしたと思っています。

 しかし、『とりあえずビール』の状況は少し変わってきたと思います。合理的ということでいうと、自分は500円払うのだったら、カクテルが飲みたいとか、最初から好きなものを飲む。他人に付き合わなくてもいいと思う人が増えてきました。フラットな社会になってくると、別に同じものを飲まなくてもいい。この現象は、ビール会社にとって大きなインパクトを与えています。それと、瞬間的にみんなで盛り上がるよりは、だらだらすることの方に価値の中心が移ってきている。お酒でいうと、ゆっくり自分の好きなものを飲む方が、楽しみ方としてだんだんと増えてきました。

『とりあえずビール』というのは素晴らしい表現で、みんながそれに対して感じている価値は今でも相当大きいですが、それが減じられてきています。減じられたときにどうなっていくのか。今、起きている現象は自分の好きなものをゆっくり飲むということで、『チビダラ』とでもいえるでしょうか。例えば、酎ハイ、ハイボール、焼酎、ワインは、わりとダラダラ軸で飲めるのがポイントだと思います。

 そうした中でも、『とりあえずビール』にどれだけ手を打って、おいしいものにできるか。多様性ということでいうと、海外ビールもありますが、クラフトビールはすごいポテンシャルがある商品だと思っています。

中見 少し薄いものから濃いもの、さらにフレーバーがあってというものは普段、自宅で楽しむことはなかなかない。飲み比べると非常に違いが分かる。クラフトビールはプレミアムビールと違った多様性があります。面白いのは色の違いが楽しめること。商品の幅があり、クラフトビールにはビールの新しい付加価値提案を感じます。

山田 クラフトビールは物質的な強みが結構あり、香味が強いので、ぬるくなってもおいしさが持続します。むしろ、温度を上げて飲む方がいいものがあったりする。ワイン的に飲み続けられるところもあります。クラフトビールは20~30代の人の買上構成比が、普通のビールに比べて高いのです。ビール離れが叫ばれていますが、クラフトビール飲用者はビールが面白い、魅力と感じていると思います。クラフトビールを知るとビールの楽しさが分かるようになります。

『一番搾り』はまたおいしいなと思ってもらう取り組みとしてリニューアルし、成功しています。『一番搾り』を飲んでもらうと、日本のビールならではの質の高さ、おいしさを感じてもらえます。そして、ビールはどれを飲んでも一緒だから面白くないという人も、クラフトビールを飲むと、こんなに種類があるんだと驚く。だったら、クラフトビールの普及を、『一番搾り』など普通のビールを飲んでおいしいと言ってもらえるきっかけにできるのではないか。それが、カテゴリー全体を活況化させることかなと思っています。

クラフトブルワリーとの価値共創

 

中見 キリンビールはクラフトビールにかなり注力されています。他社とうまくコラボレーションをしたり、お互いにクラフトビールの良さ、価値を広げていこう、共に価値を作っていこうよという流れを先導しているように見えますが、そのあたりの考え方を教えてください。マーケティング的な話なのか、事業としての話なのか。取り組みが非常にユニークだと思います。

山田 平成の時代はビールの中でピラミッドができてきました。嗜好品的な価値と日常品的な価値ができて、プレミアムからスタンダード、発泡酒から新ジャンルなど4段階ほどに区分されることになりました。そして、令和には価値観がどんどんフラットになっていくと思います。

 最近、大手企業はスタートアップ企業を応援したりします。会社の規模が大きい、小さいはお客さまにとっての価値ではないのです。クラフトビールは300~400円して、価格的にはスーパープレミアム帯ですが、価格ピラミッドの上に入れるかというと多分違っていて、その横にあるのだと思っています。実はここにはダイバーシティ(多様性)という価値観があります。多様な価値を認めようという中に、AもBもCもあってもいいのではないでしょうか。

 時代的にそうなっています。そこに売上規模が大きい、小さいは関係ないのです。私たちは日本国内で約7000億円お酒を売る会社ですが、仲良くしているクラフトブルワリーの方々はもちろん小規模です。しかし、先方も私たちと対等、同じビール会社だと思っているし、私たちもそういう会社を同じビール会社だと思っていて、リスペクトしています。ここが基本的な考え方としてものすごく大切ではないかなと思っています。なぜかというと、お互いをリスペクトし合う気持ちがビールを通じ、お客さまに伝わると思うからです。どちらが偉いということではなくて、パートナーとして共にクラフトビールの普及を進めることが大事だと思っています。

 これは今までの価値観ではありませんが、日本はこうした価値観を持つことがいいのではないでしょうか。ゆるやかな連携は日本人的なものかもしれませんが、そうしないとお客さまに支持されないと思っています。ダイバーシティ&インクルージョンが当然なお客さまなのに、キリンが独り勝ちを志向しているように見えるというのはいかがなものかなというのもあります。

中見 それはお客さまにもいいし、キリンさんのようなメーカーが中小のクラフトビールメーカーとも価値観を共有し、卸を含めた流通・小売りと相互連携していくことは素晴らしいと思います。

山田 そうですね。ビールという商品を通じて世の中を明るく元気にしたい。これは連携していく会社も変わらないと思っているので、こうしたことを実現するには、自分たちのブランドも育てるけれど、緩やかに他社さんとも一緒にパートナーシップを組んでやっていこうと思っています。