〈取材日〉2018年3月16日/〔撮影〕室川イサオ

中見 これまでの経歴をお聞かせください。

山田 1965年に島根県に生まれ。広島の高校から早稲田大学に入り、89年にキリンビールに入社しました。東京支社立川支店での営業を4年経験し、93年に東京支社のセールスプランニング部門に移り、営業の支援や企画を6年ほどやりました。

 その後、99年に本社商品企画部門のマーケティング部で、ブランドマーケティングを担当することになりました。2002年には『淡麗グリーンラベル』ブランド開発を手掛け、同時期にセールスプロモーションの『サッカー日本代表応援・勝ちTキャンペーン』を開発しました。2003年には六本木ヒルズの『ハートランドビール』のコンセプトショップのプロデュースのようなものも行いました。

 04年には『一番搾り』の初リニューアルを手掛けており、その際、「ニッポンの美味いものと、一番搾り」という広告コミュニケーションを実施しました。また、今も継続している『一番搾り とれたてホップ』の開発を行いましたが、今でいうCSVの先駆けであったと思っております。05年にはマーケティング部での最後の仕事になりましたが、『選ぼうニッポンのうまいキャンペーン』という地域を応援するセールスプロモーションを企画させてもらいました。これが、自身の第1期マーケティング時代です。

 その後は仙台に赴任し、営業企画部門で3年ほど働いた後、これまでのキャリアとは全く異なるキリンホールディングス人事総務部の人事担当で3年半ほど働きました。12年にキリンビバレッジのマーケティング部門に移り、13年1月にマーケティング部長、15年からキリンビールの企画部部長となり、現在に至っています。

会社員生活で印象に残っている仕事

中見 最も印象に残っている仕事、ご苦労された仕事は?

山田 02~03年にかけて関わったマーケティング部での仕事は特に思い出に残っています。その頃、家庭用生ビールのシステム開発や、『勝ちTキャンペーン』の開発、『淡麗グリーンラベル』のブランドマーケティング、『ハートランドビール』の店舗を立ち上げるなど、さまざまな業務を担当していて、自身の仕事の間口を広げることができました。仕事自体は本当にきつかったのですが、とにかく仕事することが面白かった。担当した業務ができる、できないではなくて、どうやったらできるようになるかという発想に自身が変わりました。最初の10年のキャリアでは、与えられた仕事に対して、どのようにうまくやるかということが主でした。しかし、マーケティング部に移って、その業務を実現するために、どういうことをやろうかという発想に変わりました。

 その中でいろいろな商品やサービスにチャレンジできました。『ハートランドビール』のお店をつくったことは思い出の1つですが、『淡麗グリーンラベル』の商品開発に関われたことも大きかったです。当時の社内では、健康系の商品は売れないといわれていました。今は「糖質オフ系の商品」はすごく売れていますが、それまでそうした商品はなかったのです。『淡麗グリーンラベル』が「糖質オフ」という言葉を顕在化させ、ムーブメントに最初の火を点けられた商品だったのかなと自負しています。

中見 02~03年の時点で、どのように「糖質オフ」に着眼されたのですか。

山田 99年3月にマーケティング部に来たときに、『ラガースペシャルライト』という商品がありました。糖質50%オフのビールで、いい商品で味覚調査も抜群だけど、そんなに売れない。私が担当したのは33歳か34歳の頃でした。自分たち世代の価値観としては「健康」が普通になっているのに、ビールだけ「健康にいいもの」を意識した商品がないのはおかしいと思っていました。都会に暮らし、ジムに行く人は普通にこうしたビールを飲んでいいはずだと思うのに、なかなか売れない。

 そこで、この商品を発泡酒でやったらうまくいくのではという仮説に至りました。ちょうど発泡酒が出てきた頃で、ビールは濃くて値段が高く、発泡酒はすっきりおいしくて値段が安いという認識がありました。カロリーオフは薄くてまずそうというネガティブなイメージもありましたが、すっきりした味わいが特徴の発泡酒で糖質オフ商品をつくれば、買い求めやすい価格で納得感があるのではないかと思ったのです。

 当時のアメリカは既に『バドライト』がナンバーワンブランドでしたし、アメリカの例から数年経つと健康に対する家計支出も何倍にもなることが分かっていたので、普通の人が健康を意識しないことは決してなく、潜在的なポテンシャルはかなりある。こうしたことを私とリーダーで議論し、従来のビール業界の常識にとらわれず、われわれは違うアプローチをするのだと決心し、この分野にキリンとして真剣に取り込もうという結論に至ったのです。

 アメリカの市場と日本の市場は結構、シンクロしているのです。例えば昔の日本のビールに関する常識は「ビールは単一価格」ということ。日本人は中流の人が多いので、プレミアム、スタンダード、エコノミーという価格ピラミッドは起きないと、80年代ぐらいは何の根拠もなく皆が言っていました。それが、発泡酒と新ジャンル(第三のビール)という新カテゴリーが出てきて、さらにプレミアムビールというカテゴリーができて、今日の価格ピラミッドが出来上がりました。

 日本人は肥満率が低く、東アジアでは酒が強いほど偉いという文化がベースとしてあるので、日本人にライトというか、カロリーを気にした商品は売れないという話が通説でしたが、アメリカでは既に『バドライト』『ミラーズライト』『クアーズライト』がメイン商品になっていました。結局、日本でもアメリカと同様の健康志向の流れに向かっていたのです。

健康に対する意識はどう変わっていった?

中見 マーケティング戦略上、『淡麗グリーンラベル』を発売されたとき、認知率を上げていくためにどのような工夫をされたのですか。

山田 開発の裏話ですが、健康に関することは健康の識者に聞いた方がいいかなと思いました。当時、マガジンハウスの雑誌『Tarzan』編集部の人と仲良くしていて、ビールを何本か持っていくから、ぜひ健康の話を聞かせてもらいたいとお願いしました。編集長と副編集長と4人でビールを飲みながら、「健康的なビールはどういうビールだと思いますか」と聞くと、「ファクトがすごく大事だ」と言われました。ファクト、事実とか確からしさ、エビデンスなどが大事だと言われて、なるほどなと思ったことを記憶しています。

 その時、自分たちが開発する商品は「糖質70%オフ」という部分がものすごく強いと思いました。特に広告で意識した点は、とにかく「糖質70%オフ」を素直に伝え切ること。ちょっと太めの外国人が緑の気持ちのいい世界の中で草サッカーしているような広告内容で、『淡麗グリーンラベル』の世界観が緑だから、緑の気持ちのいい世界、日本で一番気持ちのいいビール系飲料ということを広告の中で目指しました。心地いい感じを出して、音楽を奏でて、最後に「糖質70%オフ、キリン淡麗グリーンラベル」と言うだけのメッセージをそぎ落とした広告です。広告素材は立ち上がりの4月に投入した1本のみで、12月まで同じ素材を一貫して流しました。2カ月に1回広告を投入して、ずっと商品鮮度を維持していくやり方です。

 また、デジタルコミュニケーションは、当時はあまり主流ではなかったのですが、営業担当と相談して、特定の小売店様の店頭で買ってデジタルで景品が当たるSPをビール系飲料として初めて実施したことが印象に残っています。

中見 初年度に発売されてから、オフ系ビール類市場でナンバーワンシェアを取られていたと思いますが、このブランドを作るにあたって、広告表現のトーン&マナーは2、3年は一貫されていたのですか。

山田 02年の初年度にいきなり1000数百万ケースぐらい売ったのだと思います。その後、引き継いだ担当者が『いいんだよ、グリーンだよ』というヒットキャンペーンで大きくしてくれました。一貫してやっているのは、「気持ちのよい緑の世界の中で飲む糖質オフの発泡酒。そういったものが自分の今の生活に合っているね」ということ。それを伝え続けるのが、今につながっているのかなと思います。

中見 その後、「健康」はビールの流れの中で続いてきているでしょうか。それとも少し流れが変わってきているのでしょうか。

山田 大きな流れはたぶん不可逆だと思います。大きな川の流れは必ず、上流から下流に流れます。ところがすごく面白いなと思うのは、表面だけ見るとちょっと逆流したりします。それと同じことが世の中に起きているとすごく思います。私たちが「糖質70%オフ」を出して、他社も糖質オフの商品をどんどん出しました。私たちが「プリン体カット」の商品を出して、それもある程度のボリュームになっています。今は新ジャンルと発泡酒の世界では、何割かは健康系、機能系といわれるものになっており、もうメガトレンドです。

 一方、アメリカを見ると、90年代後半の「健康の時代」に牛肉消費量がずっと下がっていたのが、ある時、増えたというのです。いわゆる揺り戻しがきていたと聞いています。日本でも牛丼屋さんのメガサイズの牛丼などはこの揺り戻しの一例なのかなと思います。

 これだけ皆、健康に興味があって、健康、健康と言っているにもかかわらず、「肉」や「ラーメン」がトレンドになっていますよね。もっとも、逆に、「肉は高タンパク質で低糖質」という考え方も出てきて、健康に関する消費者の考え方も「総カロリー減から糖質減へ」へとシフトしつつあるので一概には言えないと思いますけれど。

 つまり、大きな流れは不可逆だけれど、動きとしては揺り戻しがあったり、ちょっと戻ったりしている。例えば、ノンアルコール系が増えるのとは逆に、高アルコールのストロング系が人気という現象も起こっています。この揺り戻しの現象はマーケターとして面白いと思っています。