大阪から全国へ

「お客さまの喜ぶことを一生懸命やろうという気持ち」から事業を拡大させていった。

「お客さまの喜ぶことを一生懸命やろうという気持ちがありまして、お客さまから『通うのが遠いから、うちの近くにサロンをつくってほしい』と言われればサロンをつくり、『うちの主人も痩せさせて』『息子のニキビ肌をきれいにして』と言われれば男性専用のサロンを作り、お客さまのご要望に応えていっただけなんです」(同)

 1号店をオープンして4年後、社長室を改装して男性専用サロン「ダンディハウス」をつくった。「ダンディハウスをオープンした時は、世界でも珍しかったらしく、何でかなと思うほど香港、ロシア、フランスのテレビ局まで取材に来ました。もちろん、日本で初の男のエステがオープンしたとテレビや新聞も大きく取り上げてくれて、だからお客さまが入会したいと列をなしている状態でした。東京に出店したら2カ月でお客さまがサロンに入り切れなくなって、慌てて次をオープンして、次も慌ててオープンして、東京はずっと慌ててオープンしてましたね(笑)」(同)

 真摯に顧客の声を聴き、顧客の要望を満たし、顧客に育てられてきた。その謙虚さが、今のミス・パリ・グループを築き上げてきたようだ。

 東京進出のきっかけは、1995年の阪神淡路大震災である。「あの時は、びっくりしました。神戸三宮のサロンが使えなくなったんですね。避難所にいた社員たちを探し出して、マンションを借りたり、私の自宅にも何人も預かって、とにかく早く働かせて元の生活に戻さなきゃいけないと思ったんですね。その時に、もしこの地震が大阪に起きたら、私は社員たちに仕事をあげられないかもしれない、お客さまから預かっているお金を返せないかもしれないと思ったんです。そうなったら大変なことです。それで、危険分散をしようと全国展開の第1店舗目をその年の9月には東京渋谷にオープンしました」(同)

ずっと、顧客に育てられてきた

「東京と大阪は違いますね。同じことをして3倍の売上げが上がるのが東京です。やはり人が多いです。私たちは大阪のお客さまに鍛えられました。大阪のお客さまは、自分の好みのサロンになるように教えてくださるんです。『先生、こうしたらいいよ』『これは、いかんよ』といろんなことを言ってくださるんです。だから私は、経営学を学んだことも何もないですけれども、全部お客さまが教えてくださいました。月末になると『売上げいくら足りないのか』と言われたり(笑)、ずっとそうやって通ってくださっていて、サロンが増えたり、社員が増えたりすると一緒に喜んでくださっています。

 今でも、昔の名残で入社式にお客さまが来賓として参加されます。社長のあいさつはほんの5分ほどですけれど、お客さまは15分ぐらいお話をしてくださいます(笑)。自分が何でこのサロンに来たのか、何が気に入っていて、何が駄目なのか、新入社員にはどうしてほしいのか熱いエールをウワーって新入社員に送ってくださいますから、すごいですよ。今年は120人ほど新入社員を採用しましたけど、入社式が開催される東京、名古屋、大阪にお通いのお客さまたちがいらして、それぞれお話くださいました」(同)

「期待を裏切らないことを一生懸命やっていないと」と語る下村社長。

 顧客の喜ぶサロンを作ろうとし、その気持ちが顧客に伝われば、顧客は愛情が湧き、長く通うことにつながる。「お客さまに対してケチらないということをご存じです。長く通ってくださるということは、期待し続けてくださっているということですから、やっぱり期待を裏切らないことを一生懸命やっていないと、ほんとにちょっとでも気を抜いたらお客さまはよそに行ってしまいますから、嫌われないように好かれるように一生懸命やっています」(同)