空気を吸うようにナチュラルで質の高い顧客体験

「OMO先進国」の中国では、このようなCXを実現する事例が多数あります。代表的なものをここで紹介します。

・盒馬鮮生(フーマーフレッシュ):アリババグループが運営する「盒馬鮮生(フーマーフレッシュ)」は、一見、生鮮食品を扱うスーパーマーケットですが、その実態は生鮮食品ECであり、店舗はその物流拠点となっています。

 消費者はスマートフォンを通じて食品をオーダーし、その場で決済も完了、店舗から3km圏内であれば30分以内で商品を受け取れます。しかも、希望すれば食材を調理して配送してくれるため、料理をする時間のない消費者からは絶大な指示を受けています。

 物流拠点となっている店舗では、大きないけすに新鮮な魚介類がショーケースされており、食材の新鮮さをアピールする場になっています。もちろん、ここでも消費者は選んだ食材を財布を出したり並ぶことなく決済し、その場で調理してもらって食べることが可能。それが新鮮な顧客体験にもつながっており、店舗を訪れた顧客がECでのリピーターとなっているのです。

・瑞幸珈琲(ラッキンコーヒー):2017年に創業したばかりのコーヒーチェーン「瑞幸珈琲(ラッキンコーヒー)」は、既に企業価値が約3200億円、米ナスダック市場への上場を計画中という破竹の勢いで成長を続けています。

 ラッキンコーヒーの特徴も、フーマーフレッシュ同様、専用アプリを通じたモバイルオーダーと、モバイル決済に特化しているところにあります。消費者はオーダーと決済を済ませた上で店舗を訪れ、スターバックスと比べても遜色のないクオリティのコーヒーを、並んだり待ったりすることなく受け取れます。カウンターで現金のやり取りを介すこともないため、消費者は「気のいいスタッフがおいしいコーヒーを入れてくれて、すぐに渡してくれる」という良い顧客体験を得られるわけです。

 また、専用アプリを介してターゲット層に的確なオファーを提示するデジタルクーポンの存在も、トライアル層を広げ、ラッキンコーヒーの成長に一役買っているようです。

・ファーストリテイリング「有明プロジェクト」:日本国内では「OMO」のくくりで語られる事例はなかなか見当たりませんが、「情報製造小売業」への変革を掲げるファーストリテイリングが推進する「有明プロジェクト」は、OMOという概念を念頭においた全社改革といえるでしょう。

ファーストリテイリング有明倉庫にあるRFID自動検品機

 これには、ECの顧客動向を的確につかみ、その情報に基づき商品開発のサイクルを高速化し、顧客の要求により的確に応える狙いがあります。デジタルとリアルの分け隔てなく顧客との接点を改革していく視点、まさにこの点が「有明プロジェクト」がOMOの実践例であるゆえんです。中でも、完全無人化を目指している物流改革は、顧客体験の中で商品の配送がいかにブランドに重要であるかを知っている同社故の投資の仕方だと感じます。

 これらの事例を見てもお分かりのように、フーマーにしてもラッキンコーヒーにしてもユニクロにしても、OMOだからといって決して派手なサービスを提供しているわけではありません。

 欲しいと思ったものを、欲しいと思うタイミング・場所で購入し、それがストレスなく手元に届く。いうなれば、『空気を吸うような購買体験』といった印象です。しかし、そのナチュラルさこそがエンゲージを高める良い顧客体験であり、それを支えるテクノロジーやシステムは極めて高度なものになるのです。

 ちなみに、中国ではもはやOMOという言葉は使われないという話も聞きます。なぜなら、オンラインとオフラインの垣根がない状態は、既に当たり前の前提として国民に受け入れられている状態であるためです。

 日本では、まだまだオンラインとオフラインが二項対立の軸で語られがちなため、あえてOMOという言葉を用いてマインドセットを変えていくことから始めないといけません。

OMO実現のために必要なこと

 いくらマインドセットを変えたとしても、もちろん、それだけではOMOを実現できません。OMOはマーケティング施策ではなく、「状態」を表す言葉であり、質の高い顧客体験を生むOMOの世界を構築し、それを売上げに結び付けるには、それ相応のコストや期間が必要になります。

 では、その実現のために何が必要なのか、企業の視点から見ていきたいと思います。企業側がインフラとして準備すべき事項という意味で、ここはおのずとオムニチャネル戦略と同義となる部分も多くなります。

1DB:店舗やECの分け隔てなく、全ての商品情報や在庫情報、顧客情報、接客履歴、ECサイトでの商品閲覧履歴、過去の購入履歴、ポイント履歴など、全ての情報を統合し、店舗担当者もECサイト担当者も分け隔てなく参照できる状態を作ることが大前提になります。

 統合データに基づくさまざまな施策により、店舗とECサイトの相互送客がスムーズになるだけでなく、各チャネルでの顧客の行動・購買データの活用により、チャネルごとに最適なマーケティング戦略の設計が可能になります。

マルチデバイス:ブランドのサービスやコンテンツを、PCやスマートフォンはもちろん、顧客が利用する全てのデバイスで等しく使える(同一ID)ようにすることで、顧客に煩わしさを感じさせない快適な顧客体験の提供が重要です。

 これは店舗のPOSシステムやデジタルサイネージなど各種什器でも同様。顧客がどこで、どのような状態でサービスを利用しても、同じブランド体験を得られることが、顧客の満足度向上につながるのです。

マルチチャネル:店舗、ECサイト、SNS、メルマガ、DMなど、顧客とつながるチャネルを可能な限り多く用意することも重要です。より多くのチャネルを用意することで顧客との接点が増え、それぞれのチャネルで最適なマーケティング施策を打てます。

 また、チャネルごとに「買う理由」を用意することは、顧客に新たな購買体験をもたらし、その積み重ねがエンゲージメントを生み、最終的には客単価の向上につながります。

取得したデータをどうサービスに落とし込むか:現在、多くの企業が結果を結果通りに見ることでしかデータを生かせていません。データを最大限生かし、新たな購買体験を提供するには、数字に現れない部分も含めた購買に到るまでの文脈を読み、仮説を立て、それに基づた戦略と戦術を立てられる人材、データサイエンティスト的な人材が必要です。

いかに高速にPDCAを回せるか:常時デジタルにつながった消費者の行動がリアルタイムで可視化され、それがビッグデータとして貯まっていくOMOの世界では、そこから得られたフィードバックを元に、いかにスピード感を持ってPDCAを回せるかが重要です。

 時には英断とも呼べる経営判断が求められることもあるでしょう。実は、日本企業ではこの部分がボトルネックになっているケースも多いかもしれません。企業規模が大きいと、現場の人間に権限がなかったり、承認を得るまでのプロセスが気が遠くなるほど長かったりする場合があるからです。

 しかし、時には力技とも思えるスピード感と決断力で発展してきたのが、前述した事例のような数々の中国企業であることも忘れてはいけません。