タイのミルボン工場。ヘアカラー、サロントリートメント、パーマ剤などを生産している。

 タイには約5万5000店もの美容院が存在する。マーケットサイズは推定約120億円。所得も右肩上がりを続け、女性の美容やヘアケアへの関心も高いタイのポテンシャルは大きい。そう判断してタイに進出したのが、業務用に特化したヘアケア化粧品トップメーカーのミルボンだ。予想をはるかに超える現実に直面しながら、同社はいかにして市場を切り開いているのだろうか。現場に根付いた営業スタイルでタイの美容院の支持を獲得しているミルボンの歩みにフォーカスした。

2013年にタイ工場を開設したが……

 業務用ヘアケア化粧品市場には、グローバルに事業を展開している大企業が幾つもある。フランスのロレアル、米国のウエラ、ドイツのシュワルツコフ、日本の資生堂。その一画に食い込もうと海外進出を積極的に進めているのがミルボンだ。

 アメリカ(ニューヨーク)を皮切りに、韓国、台湾、香港、中国など北アジアに進出した同社は、次なるターゲットとして東南アジアに照準を合わせ、2013年にタイ工場を開設。同時期にベトナム、マレーシアにも駐在員事務所を構えている。

 ヘアカラー、サロントリートメント、パーマ剤などを生産するタイ工場の稼働状況は順調だ。海外拠点に供給するハブ工場として十分にその役割を果たしている。だが、タイ国内における販売事業はそうスムーズには運ばなかった。日本とは違い過ぎる環境に直面したからだ。

ミルボンタイランドのゼネラルマネージャー・遠藤隆氏。

 日本では美容師は国家資格。定められたカリキュラムを修了し、筆記試験と実技試験に合格しなければ美容師として働くことはできない。合格までには最短2年の月日が必要だ。その一方、タイではこれといった資格は必要ない。極端にいえば、誰でも明日から美容師になれる。

 美容師になるための教育を経ていないということは、専門の知識や技術が不足しているということだ。ミルボンタイランドのゼネラルマネージャー・遠藤隆氏は言う。「必要な技術や知識は現場で先輩から習うというケースが多いんですね。ただ、その技術や知識が正しいとは限らない。美容師であれば当然備えているはずの髪に関する知識が圧倒的に不足しています」

美容師の技術の底上げに貢献

 日本においてミルボンは、美容室を1軒1軒訪れてはその美容院が抱える問題や課題を発見し、解決策を提示する「フィールドパーソンシステム」を事業の柱に据えている。だが、基礎的な素養に欠ける美容師が多いタイに日本のシステムをそのまま持ち込んでも効果は薄い。美容院が抱える問題や課題がそもそも全く異なるからだ。現状のままでは、ミルボン製品の良さを現場で引き出すことも難しい。

 美容師の教育機会の少なさは他にもさまざまな問題を引き起こしている。SNSの普及により、今、流行っているヘアデザインの情報は簡単に手に入るようになっているが、美容の基礎が欠けているためどうやってそれを作るのか、どんな技術が必要なのかが分からない。技術を向上させようにも自分の力だけでは限界がある。しっかりとした技術研修の場を設けている美容院は少数派だ。

 ヘアデザインをうまく作る技術がなければ、顧客の支持は獲得できず、やりがいも得られない。いつまでたっても同じ作業を続けざるを得ず、「つまらない」と辞めていく美容師は後を絶たず離職率を押し上げる。新人が入ってもまた同じことの繰り返しだ。この悪循環を絶たなければ、美容師の定着率も店の売上げも上がらず収益の改善は望めない。ミルボンが解決しようとしているのはこの構造的な問題だ。

 本来であれば、コツコツと基礎から美容師を指導し、知識と技術を増やしていく形が一番いいが、それはタイには向いていない。

「飽きっぽい人が多いからです(笑)。そこで、教え方の順番を変えました。先にゴールを見せてあげて、それができる方法を教えていくという方法です」

ミルボンタイランドが美容師向けに開催している研修会の模様。実技を交えながら、分かりやすく必要な知識を伝えている。

 ゴールから逆算する形で教えていけば、比較的短いスパンで必要な技術を身につけられる。同社はタイ人の性格を踏まえて、指導内容のカスタマイズに踏み切った。ヘアデザインの伝え方も一工夫している。浮遊感、束感、エアリー。日本では当たり前のように使用されている専門用語に該当するタイ語がそもそも存在しないため、社内のタイ人スタッフを教育し、タイ人に理解しやすい言葉に置き換えて解説している。

「タイ人スタッフには日本で研修を受けてもらい、日本からも専任のインストラクターが常駐して技術を指導しています。日本人とタイ人の髪質やボリュームは違いますし、好まれるヘアスタイルも違うので、言葉の置き換えはなかなか大変ですが、とにかくやっていくしかない。試行錯誤の連続ですね」