1人では食べ切れない火鍋とビールで3000円程度

 重慶は人口3000万人を擁する中国最大の直轄市。上海2400万人、北京2100万人を上回る大都会である。日本からは直行便で約5時間15分(帰りは4時間30分)、LCCの春秋航空日本が成田からはほぼ毎日就航している。便利な割には日本からの観光客は少なく、『地球の歩き方』をめくっても数ページの紹介のみ。とはいえ、情報が少なく、勝手の分からない街で走るのも一興と考え方を変えて、マラソン大会にエントリーすることにした。

親会社は上海本社の春秋航空。中国最大の格安航空会社

 中国人に重慶のイメージを聞くと、「酷暑」「火鍋」「美人」の3つになるそうだ。内陸部の南に位置するので夏は酷暑が続く。なので赤唐辛子をどっさりと入れた火鍋をつつき、発汗作用で暑さをしのぐのだ。3つ目の美人は理由が分からない。日本でいえば、「豪雪」「きりたんぽ鍋」「秋田美人」の秋田のようなものか。

ゼッケン受け取り会場では、さまざまな催しが。写真はモデルさん(重慶美人)との記念撮影会

 重慶といえば昨年11月に路線バスが長江に掛かる橋から転落して乗客全員が亡くなる悲惨な事故があった。原因は乗客と運転手の激しい口論。ドライブレコーダーに記録された映像を思い出すと痛ましさに暗鬱となる。そんな長江を橋から眺めると川面から高さ50m以上はあるだろうか。転落したらひとたまりもないだろう。

 重慶は「霧都」とも呼ばれている。気流が停滞し長江の豊富な水分も影響し霧をもたらすというもの。どんよりと曇った空を眺めては、ここは日中戦争で日本軍が空爆を繰り返し、一般市民1万人以上が命を奪われた場所なのだと改めて考えてみた。

長江(揚子江)は全長6300キロ、世界で3番目に長い川だ

 大会はフル(42キロ)、ハーフ(21キロ)、ミニ(5キロ)、親子マラソン(4キロ)の4種目。

 参加者は約3万人で、フルの一般ランナーは男子6500人、女子3000人、(招待やチャリティ、チームなど)その他フルランナー800人の合計約1万300人。名簿から確認できた「日本人名」は、最低でも男子が17人、女子が1人。「旅マラ」人口が増えている現況からすると日本人は少な過ぎる。

 理由はエントリー事務局も代理店ツアーも開設されていないこと。また大会HPからの申し込みが、国際クレジットカードに対応しておらず、中国人または在住者のみの利用となる決済アプリに限定していること。筆者は中国の旅行代理店に手数料(5000円前後)を支払い、エントリーを代行してもらった。

スタート地点で長江をバックに記念撮影をするランナー

 フルマラソンのスタートは午前7時30分。スタート地点は長江沿いにあり、ホテルからは5キロの距離。前日にフロントに相談すると、タクシーはランナーたちがスマホアプリから一斉に予約をかけるのでホテル側も用意はできないという。結局、ホテル専用の車で、出場する他の中国人グループの中に入れてもらい、スタート地点まで送ってもらった。スマホ社会やキャッシュレス社会は外国人観光客にとってはとても厳しい環境になる。

欧米人には何をするテントか分からないだろう

 スタート前、待機スペースに個室のトイレが十分に用意されているが行列ができている。一方の「男子小便池」はほとんど並ばずに、すぐに利用できた。テントの中に「池」があるわけではなく、下の水路に向けて小用を足す。中はとても狭いため、隣のランナーと肩肘くっつけて用を足した。中国人と“同士”になれた気分。どの大会もトイレの数には限りがある。小便池を見習って、男子はこれをメインにして、個室は女子に譲った方がよいのではないか。

上海や香港の大会と比較すると海外からの参加は非常に少ない

 スタート前、他のアジアの大会と同様にインストラクターによる準備体操が始まった。

 強いビートに乗って皆で楽しくエアロビクス。華やかな雰囲気にランナーは絶好調の気分。スタートの直前には国歌斉唱があり、皆さん、しっかりと熱唱している。上海の大会と比較して、“真っすぐ”な印象。そういえば、メインスポンサーは、上海の大会がBMWとナイキなのに対して、重慶は長安汽車(重慶本社の国産車メーカー)と特歩(国産スポーツ用品メーカー)。愛国心が自然と高まるのだ。

フルマラソンは下流(上)5キロで折り返し、そこから21キロ上流(下)で折り返し、スタート地点まで16キロ戻る

 コースは長江沿いを行ったり来たりの42キロ。重慶観光といえば「長江クルーズ」。こちらは船に乗らなくても42キロを走って長江を堪能しよう。

 地図を見る限り、平坦かと思ったが、走るのは河川敷ではなく、河岸の斜面に作られた道路で、緩やかな上りや下りになっている。当日は最高気温19℃、最低気温14℃、走ると少し暑い程度。ただ、東南アジアの25~30℃の大会と比較すれば、まともに走れる天国のような環境。頑張って5時間は切りたいところ。

エイドは2.5キロごとに1カ所。20キロ過ぎからはバナナなどフードが提供される

 スタートから道が狭いため、背後からの接触や割り込みなど、最初のうち、ランナーは結構なストレスを抱えて走る。だが、これにはメリットもある。前後左右にランナーが多い分、上手に付いていけば、長距離を意識せずとも、いつの間にか遠くまで走ることができる。20キロが2時間09分、30キロが3時間18分と、いいペース。自己ベスト(4時間46分)を更新できるかもと期待した。

対岸には高層ビルがびっしりと立ち並ぶ

 レース中に2度、ランナーから声を掛けられた。

 筆者は中国語検定3級を持つが、3級の水準では、普通の速度で話し掛けてくる中国語は聞き取れない。まして地域によって「なまり」があり、例えば、福建省の方たちの会話を聞けば、絶対に別の国の言葉だと思うだろう。

 情けないが「私は日本から来ました」「中国語はよく聞き取れないんだ」と覚えてきたフレーズを発するようにしている。

 最初は優しそうなおじさん。上記の言葉を返すと、「加油(ジャー・ヨ―)」(がんばって)と返ってきた。追い抜いたその背中を見ると「中国警察」の文字が。マラソンポリス。不審な外国人に見られたであろうか。

 2回目は、20代のイケメン男女のランナー。

「食べますか」と言って、走りながら幾つかの菓子を見せてくれた。

「今はお腹がいっぱい、ありがとう」と笑みを返した。

(ボランティアなのかな――)

 日本の大会では経験しない親切さである。

とにかく皆さん写真好き。走っても止まってもスマホで撮影

 30キロまで自己ベストのタイムだったが35キロで大失速。休憩も挟んで5時間10分でゴール。自身の成長を実感できないタイムにガックリするも、少なくても「維持」できているのでOKと言い聞かせた。それにコースから見る長江は堪能できた。クルーズしなくても大丈夫だ。42キロ、目に焼き付けた。

 計測チップと交換に、完走メダルと完走Tシャツを頂き、提供された牛乳と菓子パンでお腹を満たし、会場を後にした。

 ホテルまで長江を渡って5キロの道のり。途中で中国人ランナー(夫婦)と知り合った。方向が同じなのでご一緒させていただいた。夫婦は中国各地のマラソン大会にエントリーしているという。夫のスマホに収められた、北京、上海、厦門の大会画像を見せてくれた。

「ほら、これが北京、これが上海――」

 大会は抽選なのか、どちらか片方が走ったレースもあるようだが、2人が一緒に収まった画像を見ると“満面の笑み”とはこのことかと思えるようなうれしそうな姿であった。

 中国人夫婦と別れた後、ホテルの近くに来て道に迷ってしまった。実は重慶は英語がなかなか通じない。中年から年配の方たちはほぼNG。そこへ女子高生の3人組。下手くそな英語で道を尋ねると「この道を真っすぐ行って左に曲がったら階段があるから――」と、たどたどしくも、しっかりと英単語を選択して、丁寧に教えていただいた。厚くお礼をし、親指を上に向けると(この仕草は大丈夫か?)、彼女たちも同じサインで返してきた。

 

火鍋とビールが楽しみで走る。多くの飲食店が店前にテーブルを並べて客を呼ぶ

 午後5時の火鍋屋は私が口開けの客。早速の「重慶ビール」と火鍋、具材はお任せで頼んだ。鮮度の良さそうな豚の内臓肉を赤唐辛子の鍋に放り込み、ぐつぐつと煮込む。辛くない白いスープの方と、バランス良く交互に食べたかったが、店のお姉さん(50代)が“その具材は、こっちだ”と筆者の意向はお構いなしに、赤唐辛子の鍋にどんどんと投入していく。

 痺れる辛さに涙が出た。

 翌日は帰国するだけ。お腹の心配は考えずに、今夜は重慶美人?にお任せしよう。