これからこのコラムでは、実際の商売現場での実例を通じ、あなた自身が考え、結果を出していくためのヒントが語られる。その実例はさまざまな業種・業態のものだが、どれも大いに活用できる。なぜなら、どんな業種・業態においても、「売上げ」とはお客さんの「買う」という行動によって出来上がる、人の買物行動の結果だからだ。

 ではまず手始めに、ある雑貨と洋服の店での実例をご紹介しよう。

 こんな出来事があった。売り物の猫の貯金箱を1つ落としてしまい、耳が欠けてしまった。接着剤で修理したものの、一見して破損が分かり、普通なら廃棄か捨て値で処分するところだ。しかしこの店は違った。定価のまま販売し、そこにこう書いたPOPを添えたのである。「私はネコです。3月3日のひな祭りの日に交通事故に遭いました。右の耳を少しケガしましたが、お陰さまで元気になりました。こんな私ですが、可愛がってくれる飼い主さんを探しています」。すると、これを見た50代の女性客が言った。「このケガをした猫の貯金箱をください」。店員が、傷物だが大丈夫かと確認すると、彼女はこう応えた。「はい。交通事故にあったという、この子が欲しいのです」。

 この店ではこんなことも起きた。売り物の人形をまたまたうっかり床に落とし、足の部分が割れてしまった。これも接着剤で修理し、売場にこう書いた。「私は人形です。オリンピックを目指して体操の練習をしていました。平均台から落ちて手足を負傷。手術は成功。夢は実現しませんでしたが、第2の目標で頑張ります。こんな私ですが、お友達になってくれませんか?」。すると今度は、ある女性客が店員を呼びとめた。「この人形を2体ください」。店員が、1体は傷物なので、1体しかないと言うと、「いいんです。ケガした人形も含めて、2体欲しいのです」。そして彼女は満足そうに、添えられたPOPごと買っていったという。

 このような工夫は実にワクワク系(このコラムでお伝えしていく商売の理論と実践手法を、われわれはそう呼んでいる)的だ。念のため申し添えておくが、私がここで言いたいことは、傷物をうまく売るテクニックではなく、商売の原理に通ずることだ。商売の成果は売上げに表れるが、売上げはお客さんの「買う」という行動の結果だ。そして行動は人の心から生み出される。先の2例は、その原理の一面を物語る。商売とはかくも面白い、人の営みなのだ。それは近年、世界的に注目されていることであり(一昨年、その研究の1つがノーベル経済学賞を受賞した)、あなたにやってほしいことは、ではうちの現場ではどうだろう、うちのあの商品ではどうだろうと、思いを巡らすことだ。

 自分たちが売っているものの価値を大切にして、人の心と行動を軸に工夫を凝らす。これからこのコラムで語られる商売現場の物語は、人の心と行動の科学に基づく、あなた自身の結果を出すための物語なのである。

※小阪裕司先生の連載最新回は、毎週金曜日の午前5時に公開します。「これまで公開した記事」と併せてお読みください