【発想がずれた結果】だから、大量の食品廃棄が減らない!

 食品は鮮度を保つ技術が進んだからドラッグストアでも生鮮を置けるようになった。今後、鮮度を保つ技術がどんどん進んだら、どんな業種でも生鮮を売れるようになる。今まで収穫してお客さんの口までいくのに4日しか持たないという鮮度が、1カ月になる。そうした食品になると、スーパーマーケットとか食料品店は過去の業種・業態になるわけですわね。僕は食品店というのは食材店だと思っています。売っている人は材料がいいから、材料からレシピを考えながら買っていってくれるとかいいますが、この発想を変えない限り、スーパーマーケットは減っていきますわ。

 食品の廃棄ロスも大きな問題になっていますが、中国でアリババがやっているスーパーマーケットはアワビを買って、そこで料理をしてくれます。ああしたことの方がロスが少ないんじゃないですか。家で残った料理を冷蔵庫で冷凍したら味が保てると思っている人が多いけど、絶対鮮度は落ちますわね。結果として、今後は自分が買ったものを専門家に料理してもらって食べるレストランも増えると思います。自分が見て選んだカニや肉をその場で料理してもらう。そうした面では中国より日本が遅れている。食品の分野が一番遅れているのではないか。

【これからの商売】店舗はサロン、触れ合い訪問もする

 松下電器のときに僕が反省したのは、電気屋さんをメーカーが指導できると思っていたことです。メーカーは商品しか分からんのです。小売りをやったことはないですもん。小売りをやったことのないメーカーが小売店の指導をするなんで、おこがましかった。小売りは小売りの現場でやってみないと。理論じゃないね。そうなってくると、メーカーが電気店を指導しようと思ったところに大きなミスがあったなと、僕の反省はここです。みんな大抵、失敗しているんです。

 今後はECをしのぐような利便性をどうやって出すかですな。インドのタタ・インダストリーズが「タタ・クリック」というECモールをしているが、それでは自社倉庫を持たず、店舗と契約してそこから配達しておるんですね。そんな配達機能を付けたらいいかもしれんね。セブン-イレブンで一時、御用聞きで回れって鈴木さんが言い出したときがあったわね。あれは結局やめちゃったのかね。

 うちがやっているのは、店舗は商品を置いて売るもんだという価値観から、人が来て、コミュニケーションをする場所だという発想の転換です。情報の共有とか、人が集まるような場所にするのがこれからの店舗だろうという考え方です。

 ぎっしり商品を詰めて、モノを売るということから抜けたらいい。僕らがテストしているモデル店では、商品をあまり置いていないんです。その代わり、そこに生活者が集まってきて、趣味が一緒の人がパソコンを使ったり、デジカメで写真を撮って、それを店舗に飾る。『表現サロン』と言っていますけど、サロン構想なんです。『料理サロン』『パソコンサロン』『スマホサロン』『リビングサロン』と5つある。お客さんがモノを買いに来るという目的買いではなく、暇があったら店舗に行く。そうすると共通の趣味なりで友達ができて、行動を一緒にするようになる。高齢者が最も孤独に感じるのは、仲間がいなくなることなので、そういう「第三の場所」に近いような電気屋の店舗にしようというのが、うちのモデルなんです。

 昔は電気製品は電気屋に行かなかったら、買えなかったんです。それが電気屋に行かなくても買えるようになって、電気屋が廃れていった。コンビニも一緒ですよ。

 それでも、電気屋はまだ商品をちょろちょろと置いて売ろうとするんですよ。並べる量も少ないし、駄目だということで、それで“触れ合いサロン”風の業態をやっとるんです、都市型と郊外型と超田舎型で。

 ここでは何をテーマにしているかというと、何か壊れたからとほとんどの人は目的があって来るけれど、来ない人はずっと店に来ない。だから、こちらから触れ合い訪問しようと。そのときに困り事を聞いてくる。電器だけの困り事はほんの一部なので、全ての困り事を聞く。電気屋が全てはできないので、その地域で専門店をネットワークする。それがうちのローカルプラットフォームなんです。水道屋もリフォーム屋もガス屋もみんなネットワークして、それぞれのお客さまは水道屋も使うし、電気製品を買うし、ガスも使う。だから、お客さんの共有ができる。うちはもともとプラットフォーム的な事業ですから、その先にローカルの単位でネットワークがいっぱいできて、うちのプラットフォームにつながるという発想です。それができれば、うちの加盟店の目的は随分、変わりますね。20坪や30坪の店舗に商品を置いて、1年たてば4割くらい商品が劣化しちゃうというビジネスモデルから抜け出せるんですね。これはコンビニにも応用できる話。モノ売りをやめるということやろね。

<三浦一光さんのプロフィール>1956年松下電器産業(現・パナソニック)入社、88年北海道・四国・名古屋営業所長を経て、西日本ナショナル電器社長、91年松下エレクトロニクス初代社長、93年松下電器産業 営業本部副本部長として、ダイエーとの取引をスタート、94年ビデオ事業部長として事業再建、96年レコード会社のテイチク社長として事業再編(天童よしみ「珍島物語」、川中美幸「二輪草」、大泉逸郎「孫」の3曲のミリオンセラー)、99年豊栄家電社長、2005年ヤマダ電機と合弁のコスモス・ベリーズ設立、会長として今日に至る。13年一般社団法人日本ボランタリーチェーン協会の理事に就任、15年コスモスベリーズ社内ベンチャー部門「MSM流通研究所」代表兼務、17年一般社団法人日本ボランタリーチェーン協会の副会長に就任。

 僕はヨーロッパの広場文化が好きなんです。日本はアメリカに戦争で負けたんで、国土の広いアメリカのまねをしてるんですけど、車で30キロも走っていってスーパーマーケットに行くようなことは日本はいらない。本来は寺院とかお宮がプラットフォームの場だったらよかったけれど、日本の寺院はそういうことをしませんから。結局、ヨーロッパのような広場文化は生まれていないんです。ヨーロッパの場合は寺院に毎週お参りに行った帰りにコミュニケーションして、その周りにある商店で買って帰るという文化があるんです。日本は狭い国だし、コミュニケーションもそんなに上手じゃないんで、こうしたものがあったらいいと思います。