象印のキャラクターもショップに登場。だがタイ人により効果があるのは割引価格やおまけの提供だ。

 象印がタイで売上げを伸ばしている――。こう聞くと、「ゾウの国だから、社名が受けているのだろう」「コメを主食とする国だから日本の炊飯器が人気なのだろう」と考える人が多いのではないだろうか。

 だが、タイではゾウを冠した社名やゾウをモチーフにしたブランド名は珍しくなく、象印の名前にさしたるアドバンテージはない。また、今タイで人気を集めているのは炊飯器ではなく、ステンレスボトルだ。

 しかも、日本とは異なり、女性のオフィスワーカーがユーザーの大半を占めている。タイの市場に合わせてターゲットを変え、利用シーンを考え、訴求方法を工夫したマーケティングの勝利である。ローカライズに悩む企業が多い中、なぜ象印の試みは軌道に乗っているのか。巧みなマーケティング戦略を追った。

タイに工場を開設したのは1986年のことだった

 象印マホービンは100年余の歴史を持つ老舗メーカーであると同時に、積極的に海外で事業を展開している企業でもある。海外の製造拠点は2カ国、販売拠点は4カ国に及び、10年前には10%程度だった海外売上比率が今では30%を突破している。押しも押されもしないグローバル企業だ。

 同社が東南アジア向けの販売会社設立に踏み切ったのは1995年。同年に香港象印を設立し、中国や東南アジアの開拓をスタート。2014年にはタイに象印SEアジアを設立し、翌年からオペレーションを開始した。

 1986年に工場を開設したタイに、約30年遅れで販売会社を設けた理由を同社の社長、鐘川司氏はこう語る。

「香港ではどうしても中国商圏での販売が中心になり、他のアジアの国に手が回らない。距離もあるので、東南アジアのハブであるタイに販売拠点を設けることにしました。タイは可処分所得が伸びている国。弊社の製品である調理家電やステンレスボトルは、冷蔵庫やテレビといった基本的な家電製品をそろえ、その後、エアコンや洗濯機といった製品を購入後にようやく目が向く製品群。タイの消費がその段階に移行しているタイミングを見計らっての進出です」

象印SEアジア社長の鐘川司氏。

 象印SEアジアに課せられたミッションは2つ。1つはタイ国内での販売。もう1つは他のアジア地域への輸出だ。販売の方針は「ワンブランド・ワンスタンダード」。日本で販売しているものと全く同じ製品を海外でも販売している。ブランド価値を守るため、日本語表記もそのままだ。

「ただ輸出をするだけではなく販売代理店とともに、輸出の先にあるお客さまとの接点を強化することも販売方針の1つ。アジアでは後発になるのでチャレンジの連続ですね」

 タイ国内で販売しているのは、ステンレスボトルやフードジャー、ランチジャーなど、タイ工場で生産している非家電製品のみ(ちなみに日本で売っているこれらの製品は全てタイ製だ)。炊飯器など電気製品はタイではいまだ販売してない。

 炊飯器は競合が多く、価格の安い製品が氾濫している。「ワンブランド・ワンスタンダード」の戦略上、コメの品種が日本とでは大きく異なるタイで、日本の製品をそのまま販売しても勝機はない。市場に定着しやすい製品は何か。検討した結果、非家電製品、中でもステンレスボトルに的を絞った。

 しかし、象印のステンレスボトルの平均実売価格は1000バーツ(約3400円)前後。タイの世帯収入はまだ2万6000バーツ(約8万9000円)程度。平均より上の層でなければ購入は望めない。

「リサーチすると、タイの人口約6700万人のうち、ターゲットに該当するのは約2000万人いることが分かりました。この層が利用するのは百貨店やGMS、コンビニなどのモダントレード。特に百貨店の利用が多いので、タイの2大百貨店チェーンであるセントラルとザ・モール、日系百貨店にほぼ販路を集約させました」

 ターゲットを見極め、彼ら彼女たちが利用する店に商品を卸す。マーケティングの基本に忠実にビジネスをスタートした同社は、やがて「タイならではの特異な傾向」に気付く。購入客を対象にしたサーベイの結果、お客の80%がオフィスでステンレスボトルを使っていることが判明したのだ。