使い方を紹介しているタイ語版のパンフ。字を読みたがらないタイ人志向は悩みの種だ。

 販売チャネルは通信販売のみ。無料お試し8点セット(約3日分)を使ってもらい、納得した上で買ってもらいたい。頑なともいえる販売方法、一貫した商品コンセプトで根強いファンを獲得してきたスキンケアブランドが再春館製薬所のドモホルンリンクルだ。

 2011年の香港を皮切りに2012年には台湾に進出。2017年にはタイに現地法人Saishunkan Pharmaceutical(Thailand)を設立し、翌年には商品を実際に体験し、カウンセリングサービスを受けられる「ドモホルンリンクルエクスペリエンススペース」も開設した。

商品を体験できる「ドモホルンリンクルエクスペリエンススペース」。瀟洒な作りが目を引く。

 それから約1年が経過した今、率直なところ、状況は決して芳しくない。「苦戦」といってもいいだろう。

 だが、活路を求めて試行錯誤する中、ほのかではあるがようやく明かりが見えてきた。タイに進出し、同じように悪戦苦闘している日系企業やブランドに多くの示唆を与える同社の取り組みを追ってみよう。

ビジネスの仕組みはパッケージの言語以外、日本と同じ

 タイは日本企業にとっては進出しやすい国の1つだ。親日感情が強く、日本製品への信頼度も高い。東南アジアのハブというロケーションも魅力的だ。再春館製薬所がタイ進出を決めたのも同じ理由からだった。

再春館製薬のタイ法人のゼネラルマネージャー、繁松英輔氏

 Saishunkan Pharmaceutical(Thailand)のゼネラルマネージャーを務める繁松英輔氏は言う。

「日本と同じアジアの国ですから、肌質が似ている点も進出の理由の1つで、環境的に悩みが似ています。また、タイは生活水準が近年、著しく向上しています。健康や美容への意欲も高い。考え方が前向きでポジティブ、美しくなりたいという意識も強いです。私たちの商品はイメージで売るというよりも、素肌を内側から美しくすることでいきいきと過ごしてもらいたいというポリシーですから、そこに共感してもらえるのではないかと考えました。東南アジアの他の国も検討しましたが、最終的な決め手は相性の良さですね」

 タイでドモホルンリンクルはどのように販売されているのだろう。お客とドモホルンリンクルとの接点は無料お試しセットの請求からスタートする。電話・Webによる問い合わせは全て、熊本の本社コールセンターに接続され、電話に応対するのはタイから採用した専属の社員「お客様プリーザー」だ。

 お試しセットも含めて商品は全てメイド・イン・ジャパン。外箱にはタイ語のラベルを貼ってはいるが、タイ人向けに処方を変えるといった仕様変更は一切していない。再春館製薬所の熊本の工場で製造した商品をタイへと発送し、顧客宅に届けている。

商品は全て、日本の製品そのまま。外箱にタイ語のラベルを貼っている。

 販売チャネルはインターネットと電話による通販のみ。知名度ゼロからスタートしているため、実際に商品を試すことができるサロン的スペースの「ドモホルンリンクルエクスペリエンススペース」も設けてはいるが、そこで商品は購入できない。申し込みを受け付けても、商品は別途発送される。タイ語で対応しながらも、ビジネスの仕組み自体は日本と同じ。この形は先に進出した台湾や香港でも同様だ。

 しかし、同じアジアの国でありながら、好調に推移している台湾や香港と比べるとタイは事情が大きく違った。無料お試しセットの請求数については目標値をクリアし、既に8万人に達しているものの、購入となると目標の半分程度。低空飛行を続けている。

「価格の高さ」「ブランド志向の強さ」の壁にぶつかる

 化粧品自体への反応は悪くない。

「使ってみたら肌がしっとりしたとか、翌日のはりがいいとかプラス評価の声がほとんどです。タイは1年中暑い国ではありますが、室内はエアコンが効いていて、意外なほど乾燥しているんですね。気持ちよくご使用いただいています」

 タイには粗悪な化粧品が数多く流通しているため、肌のトラブルを抱えるタイ人女性は少なくない。彼女たちにとっての「良い化粧品」とは何よりもまず、トラブルを起こさない化粧品だ。その意味で、うるさい消費者に鍛えられている日本の化粧品はそれだけでアドバンテージ。加えて、無料お試しセットも好評を得ているのなら、もっと購買行動に結び付いてもいいはずだ。

 なぜ購入率は低いのか。考えられる理由の1つが価格の高さだ。タイで販売しているドモホルンリンクルの価格は「化粧落しジェル」や「洗顔石鹸」「保湿液」「保護乳液」「光対策 素肌 ドレスクリーム」が1800バーツ(約6000円)、「美活肌エキス」は3500バーツ(約1万2000円)、「クリーム20」に至っては4500バーツ(約1万5000円)。日本と比べて5〜10%ほど高いが、これは、自社で全て一貫して製造しているこそ可能になった。とはいえ、屋台やマーケットに行けば、1品100バーツ(約340円)以下のスキンケア化粧品が多く出回っていることを考えると、敷居の高さは否めない。タイの人々の生活水準が上がってきているのは事実だが、まだこれだけの化粧品を買う購買力はさほど育っていないのかもしれない。

 タイの消費者のブランド志向の強さも一因だろう。欧米のラグジュアリーブランドにタイの富裕層は目がない。経済力がある層はブランドが大好きだ。化粧品の世界でいえば、シャネルやディオール、サンローラン、エスティーローダーやクリニーク。同じ高額を払うのであれば、誰もが知るブランド、知名度の高いブランドの方がいいと考える。そうしたタイ人の志向は、化粧品だけでなく洋服や靴、車においても同様だ。

「タイでは、知名度ゼロからスタートしました。ブランド力という点では欧米ブランドや韓国のブランドに比べると弱いとは感じています」

 韓国のブランドは、高級感は欧米ブランドほどないものの、タイでの知名度はかなり高い。商業集積地のショッピングモールに直営店を展開しているブランドが多く、タイ人の目に入る機会が多いからだ。現状、タイではあまり受けていない日本のドラマや歌と違って、K-POPや韓流ドラマは多くのタイ人ファンをつかんでいる。韓流カルチャーの人気は韓国の化粧品ブランドには間違いなく追い風だ。

 タイが親日の国であることは間違いない。日本の「食」は大人気だ。日本製品に対して「安心・安全」というイメージを持つタイ人は多い。だが、こと化粧品に関してはその利点が生かされていない。それがタイの化粧品市場の現状といえる。