今、マーチャンダイジングを阻んでいる重要な要因は、「全国マーケティング」という偏見である。

 それがなぜ偏見であり障害であるかは、第1にその「人種」を見れば分かる。「マーケティング」という単語を愛用するのは、官僚あるいは元官僚、広告代理店あるいはその出身者、教授他の大学関係者、マスメディア、評論家、ジャーナリスト、ナショナルブランドのメーカー・卸他の関係者、などである。

 それは彼らがその職業柄あるいはその実務上、いつもそしてもっぱら、「全国」統計に関心を寄せているからである。だからそれ自体は、極めて自然なことであり、何も怪しむべきことではない。

 むしろ問題は、彼らの言動に関心を持つ側にある。なぜ彼らの言動に関心が持たれるか。それは彼らが何らかの意味で「権威」を伴っているからである。テレビに出ている人が言った、あの××大学の教授が言った、××省出身の人物が言った……。

 それはその「言説」そのものについての信用ではなく、その言説を放った人物の背景・所属団体あるいは「肩書き」への、曖昧な「信用」である。なぜ信用するか。自分自身の確固たるデータを持っていないからである。

 だが逆に発言をする側からいえば、その言説に肩書き以上の信用を得るためには、その言説が「全国的視野」に立っていなければならない。「肩書き」さえあれば、その言説が無条件に信用を得るほど、世の中は甘くない。

 発言者は肩書きにふさわしい言説を述べねばならない。「肩書きあるいは権威」は、「広大なる全国的視野」と相まつことで、初めて「信用」を得ることができる。彼らが常に「全国マーケティング」の視野に立つ理由は、ここにある。それが「人種」に注目すべき理由である。

「全国マーケティング」が浸透した理由

 第2に、それは同時に「関心」の内容と結び付く。「マーケティング」という言葉を愛用する人々の関心は、ひとえに「トレンド、趨勢、未来、傾向、……」などにある。そこで出てくるのが、GDPの動向、少子高齢化、キャッシュレス、インバウンド、LGBT、AI、IoT……といった大問題である。

 第3に、そうした人種と関心は、当然に「データの量」への関心をもたらす。少子高齢化やAIの普及がもたらす影響は、「膨大なデータの変動」に及ぶ。ビッグデータが珍重される理由は、ここにある。言い換えれば、ビッグデータによって検証されねばならない「問題」こそ、全国に影響を及ぼす「トレンド」であり「趨勢」であり「未来」なのである。

 第4に、その視点は常に大所高所に立つ。なぜなら視点と対象の距離は視野の広さに比例するからである。地球が丸い球の形をしていることは、地上にいては分からない。100階建てのビルの屋上に立っても分からない。地球からはるか離れて宇宙に出て初めて、地球が球形であることが分かる。全国マーケティングとは、遠く離れてマーケットを見る視点である。常に「量」が問題にされる理由の一端もここにある。逆に宇宙から見た地球は、水色の塊でしかない。そこで演じられている悲喜劇とは無縁である。

 だが「全国マーケティング」が、「離れた視点」でマーケットを見る方法であることを意識しているものは少ない。それはマーケティングに携わるものが、そのことに気付かず、ひたすら自分の関心データだけを見ようとしているからである。

 第5に、そこで全国マーケティングが問題にするのは、いつも「平均値」である。平均値とは、書籍を年間100冊読むものと、全く読まないものを足して2で割って、50冊である、と考える考え方である。平均値が非現実的であることはすぐ分かるが、全国マーケティングを担当しているものは、そのことを意識できない。

 なぜなら全国マーケティングで最後に問題になるのは、ある人が100冊読み、ある人が1冊も読まない、という事実ではなく、結局のところ全国で何冊売れたか、という結果のみだからである。今、挙げた例は、誇張ではない。AKB48の、あるCDの販売枚数は、総計1000万枚だとしても、それは日本人10人中1人が買ったということでない、ということは周知の事実である。

 そして全国マーケティングお墨付きの「平均値」データの代表は、かの「家計調査」である。大の大人が家計調査のデータを元に、その購買実態から見ると、「所得いくらいくらの、年代これこれの、……」の層が有望である、と真顔で論じている。AKBのCDの販売実態を、笑うわけにはいかない。

 第6に、だが流通業が、幹部候補生としての採用時に重視する、大学の「商学部」「経済学部」……といった学部で教えられるのは、もっぱらこの「全国マーケティング」である。少なくとも学業優秀な学生ほど、心底から全国マーケティングを学び、当然ながらそれを信じて入社してくるのだ。彼らにとって「マーケティング」とは、何をおいても以上に指摘した特徴を持つ「全国マーケティング」なのである。採用担当者の多くは、知らず知らずに全国マーケティングの影響を受け、彼らを「優秀」であると頭から信じている。

チェーンストアはこれで成長してきた

 それがこれまでまかり通ったのは、実はチェーンストアと全国マーケティングは双生児のように緊密な関係にあったからである。かつてチェーンストアとは、本部が全てを決め、売店がそれに従うという、「大量販売システム」だった。「販路」である「売店店舗」において、ナショナルブランドとそのイミテーション廉価版のピービーを売るのに、最もふさわしい「マーケティング」概念は、全国共通の「全国マーケティング」をおいて他にない。

 優秀な学業を修めた学生ほど、自分を勉学の成果をチェーンストアで生かすことができた。今、反省が始まっているのは、その「全国マーケティング」に問題が生じたからではなく、チェーンストアを超える存在が生まれたからである。

 例えばアマゾンは、「販路」として「チェーンストア売店」を、はるかにしのぐ「全国マーケティング」の「申し子」である。全国マーケティングの「販路」としては、もはや「チェーンストア売店網」は、完全に時代遅れである。アマゾンは、例えば私個人が少なくともアマゾンを通して購入した全ての書籍のデータと、同時に今日ただいま全国で購入されている膨大な書籍のデータを併せ持っている。チェーンストア売店が、いかにみすぼらしい「販路」に見えることか。もっとも、アマゾンが私に推薦してくる書籍を見ると、私の過去10年の購入データは、全く生かされていないのだが……。それがいかに真のマーチャンダイジングを阻害する原因かは別席に譲る。

※この原稿は島田陽介のアドレス宛に、メールアドレスを送付した方に毎月不定期に送られる「今月の提言」から抜粋したものです。

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