3月10日から大相撲・大阪場所が開幕する。15日間に渡って熱戦を繰り広げる力士たちはテレビに映る幕内、十両の関取たちだけでなく、その下の番付である幕下、三段目、序二段、序ノ口まで入れたら全653人に及ぶ。大相撲が強固なコンテンツとして長年、繁栄するのはこれだけの人数が常に在籍していることに負うところも大きい。

 それだけの力士がいれば、当然ながらテレビに映る番付まで上がることなく引退していく力士もいる、というより多くはそうやって引退していく。2月13日に本サイトで配信された「元大関『霧島』ブランドの生かし方」では、“「ちゃんこ料理店」にはさまざまあるが、元力士の四股名が店名となり、それにより店のストーリーが作られ、強いブランドになることが多い”と、『元力士』という経験・肩書きがブランドになる関取の好例が紹介された。

 では、霧島のような有名な関取ではなく、世に名も知られないまま引退していく力士たちは一体、どうしているのだろう? 実はそうした人たちも「元力士」という経験・肩書きがブランド力となって、セカンド・キャリアに生かして成功している人が多いのだ。

芸人「めっちゃ」さんは外国人向け相撲教室「雷炎」

 有名なところでは「ホテルニューオータニ」の創業者・大谷米太郎氏。稲川部屋に入門し、鷲尾嶽のしこ名で幕下力士として活躍。地方巡業の空き時間には、おすもうさんということで各地の工場に気安く受け入れてもらって事業の勉強をし、まげのまま酒屋を始めると「おすもうさんの酒屋」として人気となった。もちろん、戦争などで多々苦労もあったが、元力士の経験を生かして成功への一歩を踏み出したのは相撲ファンには有名なエピソードだ。

 そして今、安大ノ浪(あおのなみ)のしこ名で平成16年から3年間、土俵に上がった元・序二段力士の細田亮さんは、「めっちゃ」の芸名で吉本興業所属の芸人として活躍している。

 めっちゃさんは子供の頃から格闘技好き。プロレスラーを目指していたものの、親の勧めで相撲界へ。安治川部屋に15才で入門し、引退したときまだ18才で進学か?就職か?を迷い、吉本興業の大阪NSC31期生になった。昨年からは東京に本拠地を移し、最近では相撲イベントなどにひっぱりだこだ。

 そんな中でめっちゃさんが今、力を注いでいる活動の1つが、外国人向け相撲教室「雷炎」での相撲講師。「雷炎」はめっちゃさんの他、やはり元力士のお笑い芸人マービンJr.さん(まんぷくフーフー)、お笑いコンビゆんぼだんぷの、相撲経験のあるカシューナッツさんらが講師を務め、都内で教室を開いている。教室に来るのはほとんどが外国人観光客で、女性や子供連れも多いとか。

基本を押さえつつハードルを下げてフレンドリーに

 この教室はなかなか本格派で、希望する参加者にまず「まわし」を実際に巻いてもらうことから始まるという。

「簡易的なまわしなんですが、テンションが皆、上がりますよね。自分たちの文化にないことを体験するわけで、恥ずかしがる方もいますし、ほんまにこんな格好してスポーツするの?ほんとかよ?という感じです。僕が教室を担当するときはアメリカやイギリスからのお客さまが多いんですが、皆さん一様にそういう反応です」

 

 そして、いよいよ稽古がスタート。俵に囲まれた本物の土俵で行われる。

「実際の相撲の稽古は、しんどい反復稽古がほとんどです。四股、すり足、てっぽう、ぶつかり。そのまま真面目にやっては面白くはないんで、基本を押さえつつハードルを下げてフレンドリーに楽しくやってもらえるよう心掛けてます。教室は通訳を介しますが、相撲言葉を翻訳してもらうのがなかなか大変です。例えば、英語では『すり足』という概念の言葉がない。いろいろ説明して『ああ、スライディングのことね』と言われ、なるほどねってこちらが思わされたりします。だから、動きの一つ一つに分かりやすい説明を加えることを大切にしていて、例えば『ちりちょうず』なんかには『手のひらを返す動作は武器を持たずに正々堂々闘う誓いを表してるんですよ』なんて意味合いを説明すると、皆さん、『おおお!』と言われはります。四股を踏むときは『これをやると体幹が鍛えられてバランス感覚が身に付いて、日本の満員電車でも倒れません!』とか言ったり。動いて、しゃべって、飽きさせんようにしてます」

相撲部屋では1人で生きていく力も身に付く

 

 めっちゃさんは元力士でありながら、現役の芸人でもある。しゃべりがプロで、いいあんばいに押して引いて、楽しい稽古場を作れる。他の講師陣も同様で、そこが「雷炎」の強みであり、最近では海外メディアなども続々取材に訪れている。相撲を教える、といっても日本の子供やアマチュアたちに教えるのとは違い、インバウンド事業としての相撲教室はより楽しく、同時に日本の伝統文化を海外にどう伝えるか?の細やかな配慮も大切になるのだ。これは華道や茶道、他の武道など、日本の伝統文化を海外からの観光客に伝え、展開するときには必須の条件だろう。

 めっちゃさんの話を伺っていて、なるほど!と思ったのは、そうした気配りも力士時代に学んだことが生かされているということだ。

「相撲部屋に入門してすぐの15、16才で社会を学びます。例えば、お金を出してくれはるスポンサーのような大人の方にも接することが多く、目配り、気配りすることを学びました。関取(当時の安馬、後の日馬富士や、安壮富士)の付け人をしていた時期もあって、その辺は厳しく教えられましたから。当時、大阪で同級生に会ったとき、向こうはまだ高校生でしょう。ええっ?と驚くほど子供なんやなぁと思いました。それから料理や掃除、洗濯をやるのも相撲部屋では当たり前。1人で生きていく力も身に付きます。今考えると、相撲部屋ってすごいシステムなんですよね。僕のような中卒でなんもできなかった奴に生活能力が付いて、体を鍛えてトレーナー的知識も身に付いて接骨院にも就職できたり。力があるから介護の仕事もできる。幼稚園訪問とかもたびたびあるから、保育士にだって向いてる。もちろん、居酒屋やレストランのホール係もお手の物。集団生活をしてるから、会社組織の中でもうまくやっていける。相撲部屋で培ったものは、大きいです」

相撲界の人間関係は一度築かれると、なかなか切れない

 昨今、いろいろと批判も大きい相撲部屋だが、実際はそういうセカンド・キャリアへの道につながる学びの場でもあるのだ。

 そして、芸人という道を選んだめっちゃさんに、その後、会った横綱 日馬富士が「新しい夢に頑張るお前を応援するし、尊敬するよ」と言葉を掛けてくれたそうだ。めっちゃさんは機会があれば、今ではモンゴルで学校経営をして日本とモンゴルを忙しく行き来する日馬富士こと、ダワーニャム・ビャンバドルジさんを訪ねることがあるともいう。相撲界は人間関係も一度築かれると、その縁がなかなか切れることはないそうだ。