コース沿道にある高校の生徒さんが未明から集団で応援。熱狂的なノリには驚かされる

 コンケンはバンコクから飛行機で1時間弱、日本人には「イサーン料理」で知られるタイ東北部に位置する。1964年に総合大学が開設され、学園都市として発展、その後、タイ東北部経済の中心地として繁栄している。ただし、バンコク(580万人)のような大都会と比較するとコンケン(13万人)は地方の小都市、日本に例えると東京と盛岡くらいの違いになるだろうか。そんなアジアの地方都市へ3泊5日の『旅マラ』に出た。

 マラソンはフル(42キロ)からミニ(4.5キロ)まで4種目。スタート&フィニッシュは市内中心部から3キロ離れたコンケン大学の敷地内。筆者がエントリーしたフルマラソンはスタート時間が午前4時10分。東南アジアの大会はおおむね、昼間の気温上昇と市内交通機関への配慮から深夜から明け方のスタートが多い。

  会場までは主要ホテルから「ソンテウ」と呼ばれるトラックの荷台を改造した乗り合いタクシーが主催者側から無料で用意された。

乗り合いタクシーの「ソンテウ」。通常は行き先を告げ、料金を確認し、後ろから乗り込む

 最初にレースの結果から。フルマラソンは2424人が制限7時間以内で「完走」。筆者は5時間50分で1904位、日本人は20人が完走し、うち筆者は17位と“謙虚な”成績。また、日本人10人がサブ4(4時間以内)でゴールし、上位10%以内に入る水準の高さ。ホノルルでもニューヨークでもなく、タイの地方都市に来て、わざわざマラソンするぐらいだから、実力者が多くなるのは理解できる。

 ハーフマラソンは日本人7人を含む3504人が完走、ミニマラソン(11.55キロ)は5632人が完走、他にウォーク&ファンラン(4.5キロ)に1万~2万人が参加している。

つつましやかな「微笑み」とは異なる姿

市街地を回る一般道路メインのコース。フルマラソンは赤色、ハーフは青の点線

 フルマラソン前半は未明の市街地をひた走る。オレンジの街灯の下、小売店や飲食店、修理工場などが、ひっそりと軒を連ねる。時折、煌々と光を放って営業中なのがセブン-イレブンとファミリーマート。街を歩く人は見掛ける程度だが、24時間営業中である。

レース朝食用に購入したファミマのおにぎり。やはり朝はお米だ

 ちなみにスタート前の朝食はファミマのおにぎり。1個100円前後、ハートや熊の耳を成型した遊び心あるおにぎり。お米は粘り気があり、味もしっかり付いていた。

 12キロ地点にはコンケンを代表する観光名所「ノンウェイン寺院」、入り口には民族音楽に合わせて踊る応援の方たち。ランナーはその敷地内をぐるりと回る。ライトアップされた9層のピラミッド上の仏塔に圧倒される。

美しくライトアップされたノンウェイン寺院

 未明の街中に応援は期待していなかったが、沿道の会社関係者や学校の生徒さんたちが集まってランナーに声援を送っていた。タイといえば、つつましやかな「微笑み」をイメージするが、若い子たちの弾けっぷりには驚かされた。

 沿道には大音響のロックバンドが各所で演奏を繰り広げ、(撮影は控えたが)女装の方たちが集結した応援エリアもあった。タイはLGBTの先進国だと改めて思う。

未明から演奏を繰り広げる高校生バンド
切ったばかりのスイカは甘く、みずみずしく、生き返った。エイドのスタッフに感謝

 35キロを過ぎて疲れがピークに達したところでコンケン大学のエントランスに入る。1964年、タイ東北部で最初に設立された由緒ある総合大学、沿道の並木が早朝の陽光にキラキラと輝いている。建物のあるキャンパス内では、学生たちが思い思いの応援を競っている。

今や“恋チュン”が日本の代表曲!

 AKB48のタイ版BNK(バンコク)48が歌う「恋するフォーチュンクッキー」に合わせて踊る女子学生たち。タイの王女もメディアの前で踊って大きな話題を提供した大ヒット曲。日本の代表曲は「上を向いてあるこう」(すきやきソング)ではなく、今のタイで日本の代表曲といえば“恋チュン”なのだ。

困ったら若者が教えてくれる!

コンケン大学内の熱狂的な応援、歌あり、踊りあり

 タイムは散々だったが、若者たちの熱狂的な応援が心に刻まれた。ゴール後に完走メダルと完走Tシャツをもらい、日差しが強くなる前に会場を後にした。ホテルまで3キロ、運よくトゥクトゥク(オート三輪車)を拾った。

 乗って安心し、ホテル名を英語で告げたが、なかなか通じない。スマホはホテルの部屋。とりあえず市内中心部に向かってもらう。

トゥクトゥク(オート三輪車)は英語が通じにくいが近場の移動に大変便利

 途中、運転手のおじさんが車を停め、歩道でスマホをいじっている若者に声を掛けた。何やらタイ語で交渉している。すると若者が近づいてきて、私にホテル名のスペルを教えてくれという。英語のスペルを伝えると、若者はスマホに打ち込み、ホテルの画像を検索、運転手に見せて説明している。困ったら若者が教えてくれる。新旧世代のより良い関係が保たれている。

夜の街に繰り出したら……

 ホテルで休息して夜は飲みに出掛けた。ロックバンドがステージに立つパブを見つけた。地元の若者で埋まった席に滑り込んだ。シンハービールで喉を潤し、フードを聞くと若者が済まなそうにメニューを差し出す。タイ語オンリー。若者と目が合うと互いに苦笑。ポテトフライは通じたが、その後はお互いの下手くそな英語で先に進まない。

地元の若者が集まるライブ付きのパブ。タブレットがあればなんとかなる

 ふと思いつき、リュックからiPad(海外パケット契約)を取り出し「イサーン料理」と打ち込んでみた。画像一覧にタイ料理がたくさん出てくる。それを差し出すと、若者はスクロールして、『これならある!』と画像を指した。肉団子を揚げたような料理。味はよく分からないがOKした。言葉が通じなくても、タブレットがあれば、なんとかなる。次に来るときは自動音声翻訳機を持ってこようか。タイPOPを聴きながら夜が更けていく。マラソン後は肝臓に負担が掛かっていてすぐに酔いが回る。沈没するには早過ぎる。