トップメーカーがぶつかった想定外の壁

 2017年にタイに進出したあいや(愛知県西尾市)も、タイの抹茶ブームを現在進行形で強力に推し進めている存在だ。

 創業は1888年。抹茶の全国出荷量ではトップクラスのあいやは2001年の米国を皮切りに海外展開をスタート。タイは米国、ドイツ、中国、オーストリアに続く5カ国目の進出国だ。

 国内の商社を通じて間接的にタイに抹茶を輸出はしていたが、現地法人を設立して本格的な市場開拓に踏み出した理由を、MD(マネージングディレクター)として現地法人あいやタイランド設立に携わった杉浦綾さんは次のように振り返る。

現地のマネージングディレクターとしてあいやタイランドの立ち上げを手掛けた杉浦綾さん。

「親日の国であり、抹茶の認知度も高い。東南アジアのハブとして周辺国へのアプローチも容易である点もタイのアドバンテージでした」

 抹茶の人気が高まっているタイへの進出には追い風が吹いていると見られたが、立ち上げ時には予想以上の苦戦を強いられたという。ハードルになったのは、タイの関税割当制度だ。

 タイではお茶は貿易管理法上「貿易管理品目」に指定されている。関税割当制度が適用されている食材だ。この割当制度の枠に入れば関税を低く抑えられるが、そうでなければ高い関税が課せられる。

「進出した1年目はこの枠に入ることができなかったため、お客さまへの販売価格が高くなってしまいました。これは痛手でしたね。品質には自信を持っていますが、既にタイには日本産の抹茶を扱うメーカーが多数存在しています。商習慣としてタイの企業は価格に非常に敏感なため、展示会に出展しても、価格リストを配ると『高い』と言われてしまい、ほとんど見向きもされない。市場開拓ははかどりませんでした」

 あいやは国内でいち早くISO22000の認証を取得した抹茶メーカーであり、他社に先駆け、製品のトレーサビリティを実現してきた企業だ。抹茶のクオリティは業界内で高く評価されている。

価格が30~40%ほどダウンし、販路拡大に道筋

 だが、タイでは価格が高いとまず商談のテーブルに乗せてもらうこと自体が難しい。価格の壁に直面した同社だったが、翌年には晴れて関税枠を確保。これにより価格は30〜40%ほどダウンし、販路開拓の道筋が見え始めた。

「競争力のある価格を実現できたことで、品質を知ってもらう機会も広がりました。展示会でつながった見込み客に重点的にプレゼンテーションを行い、抹茶についての説明とテイスティングを行った結果、大手の開拓も徐々に進んでいます。ただし、抹茶の認知度は高いといっても、栽培方法や加工方法について知識がないまま抹茶を扱っているのが実態です。碾茶(テンチャ)を粉末にしたものが抹茶であることも知られていない。そこを理解してもらうところから始めています」

あいやの抹茶は、市販の菓子や飲料、飲食店の抹茶メニューなどさまざま抹茶アイテムに使用されている。

 タイ人の志向の変化も追い風だろう。甘味を加えた緑茶飲料の人気が長く続いたタイのマーケットで、ここ数年、少しずつ微糖や無糖の飲料のシェアが増え始めているからだ。

 糖分の取り過ぎはタイでは社会問題となっている。バンコクなど都市部では甘味を控え、無糖の飲料を好むタイ人は少なくない。

「よりヘルシーな食を求め始めた層は、抹茶本来の苦味や渋味を受け入れつつあります。ヘルシー志向を背景に、今後こうした志向はさらに伸びていくことは確実でしょう」。

ほうじ茶、三カ国貿易と新しい動きも

 今、同社はほうじ茶にも力を注いでいる。背景にあるのは、着実に高まっているほうじ茶の人気だ。

「展示会にもほうじ茶を出していますが、香ばしさへの反応はいいですね。茶色は本来、タイ人にはあまり好まれない色なのですが、ほうじ茶の場合、ヘルシーで香りがよく、カフェインが少ない点が好評です。最近ではバンコクのカフェでもほうじ茶を使ったドリンク類やアイスクリームを出すところも増えてきました。非常に有望な商材です」

 タイを拠点に近隣諸国への輸出も年々増加中だ。インドネシアやマレーシア、ベトナムといった国々に日本から抹茶を直送し、三カ国貿易の形で供給している。インドネシアは、あいやが日本で取引をしている日系大手食品メーカーが多数進出している生産国であり、タイ同様、抹茶ブームが起きている消費地でもある。ベトナムやフィリピンといった国からの引き合いも増加中だ。とりわけカフェが多く、市民の憩いの場として機能しているベトナムはインドネシアと並んで、将来有望なマーケットといえるだろう。

厳格なHACCP基準に対応した工場であいやの抹茶は生産され、世界各地のマーケットへ運ばれる。

 周辺国への輸出も強化しながら、あいやタイランドでは次年度の輸入枠確保にも余念がない。貿易に関するルールが朝令暮改で変更される。タイではそんな事態が珍しくないのだ。

「情報を精査しながら、関税枠をいかに確保するかはこのビジネスの生命線。タフなネゴシエーションで需要増に応えていくことが必要です」

 中村茶舗が切り開いた抹茶マーケットは今、タイで大きく花開いた。抹茶ドリンクが普及するにつれて、消費者の志向も成熟しつつある。「ただ抹茶の風味がすればいい」という段階から、抹茶のクオリティを重視するステージへと移行し、よりヘルシー志向が高まっているタイで、日本のトップメーカーであるあいやが本領発揮するのはこれからだ。