トラベルワンダーランドアソークの店頭では、日本行きのツアーなど多彩な商品を張り出している。

 バンコク中心部のBTS(高架鉄道)アソーク駅に直結する巨大なオフィスビル、インターチェンジビル3Fに足を運んでみよう。おなじみ、H.I.S.の青いロゴが目に飛び込んでくるはずだ。

 日本、アジア、ヨーロッパ。ガラスのショーウインドーには世界のさまざまな観光地名とチケットやツアー代金がタイの現地通貨バーツで記されている。

 ここは、H.I.S.のタイ現地法人であるH.I.S.ツアーズの旗艦店トラベルワンダーランドアソーク。現地に住む日本人を対象にしている他の日系旅行代理店とは異なり、タイ人を顧客とする旅行代理店だ。

世界でもトップクラスの売上げを誇るタイのH.I.S.を率いるマネージングディレクターの中村謙志氏。

「タイ人のお客さまの80~90%は日本に旅行される方。2013年に日本のビザが免除になり、日本に出掛ける方が急増しましたが、徐々に他の国に行くタイ人も増えてきました。売上げは好調ですね。H.I.S.は世界に279拠点(2017年9月時点)を構えていますが、タイの売上げは世界の中でもトップクラスです」(マネージングディレクターの中村謙志氏)。

1997年、日本人対象の旅行代理店としてスタートした

 タイで完全に現地化を果たしたH.I.S.。しかし、スタート地点ではタイ人のお客は完璧にゼロ。100%日本人を対象とした代理店だった。そこからいかにしてH.I.S.はタイに根を下ろすに至ったのか。その歴史を振り返ってみよう。

 H.I.S.がタイに進出したのは1997年。この頃、バンコクは世界を旅するバックパッカーたちの聖地とされていた。バンコクで発券される安い航空券を扱う小さな旅行代理店が集結していたからだ。バンコクの可能性に着目したH.I.S.は、バンコク以遠の格安航空券を販売する拠点としてオフィスを設け、日本人向けの格安航空券の販売を開始した。

BTS(高架鉄道)の駅直結の大型オフィスビル内の旗艦店トラベルワンダーランドアソーク。駅からもよく見える。

 1998年に入ると他社のランドオペレーター(旅行会社の依頼で旅行先のホテルやレストラン、ガイド、バス・鉄道などの手配や予約を専門に行う会社)を起用してツアーの販売もスタート。バンコクに日本人の従業員を常駐させ、ホットラインも設け、ツアー中に日本人が安心して旅行できる体制を整えた。

「当時、人気があったのはバンコク2泊パタヤ2泊の4泊6日のツアー。2000年あたりからは自社のオペレーションに切り替えて駐在員も置くようになりました」

 2000年以降、製造業を中心にタイに進出する日系企業が増えていくと、現地駐在員とその家族もH.I.S.の顧客に加わった。新たな客層向けの主力商品は、日本に仕事で戻るときや帰省するときのチケット、タイ国内のツアーやタイから海外に旅行するときのチケットやツアーだ。

 こうして取り扱い商品のバリエーションは広がる一方だったが、まだ客層は日本人に限定されていた。

 それが一変したのが2010年。日本の本社が真のグローバル企業を目標に掲げ、海外に根差したローカルなビジネスを追求する方針を打ち出したことで、タイのH.I.S.も大きな転換点を迎えた。

「もう日本人だけのサービスに終始するのはやめよう。現地に住む現地の人々に向けたビジネスを作っていこうと設けたのが、トラベルワンダーランドアソーク店です。これまでは日本人がお客さまだったので特にPRの必要もなく、ビルの上に小さなオフィスを設けていました。しかし、タイ人の間での知名度はゼロですから、入りやすい行きやすい実店舗が欠かせない。そこでバンコクの中でもアソークという非常に交通の便の良い場所を選び、ブランディングの一環として店を開きました」

 ベースとなる店は開いた。新卒のタイ人も初めて採用し、7人の社員が入社した。あとはいかにしてH.I.S.のブランドを浸透させていくか。中村氏は、チャネルとしてトラベルフェアを選ぶ。

 トラベルフェアはいわゆる展示会だが、日本の展示会とは違って即売会として機能している。会場に並んだブースの中からお得な商品、お得なサービスを見付けたら、すかさずその場で購入する。これがタイ人流の展示会活用方法だ。

「びっくりするような価格を打ち出すのはH.I.S.のDNAというか、得意技なので(笑)、当初、展示会では日本行きの商品だけを販売しました。扱ったのは、東京と富士山、東京と日光のツアー2種類のみ。選択と集中です。その頃に流通していた他社のツアーよりも1万バーツほど下げ、5万9900バーツ(約18万9000円)で売り出しました」