アメリカのコメディ映画『イエスマン』は、普段あらゆる出来事に無気力で、「ノー」と答えている銀行員が主人公です。友人に誘われたセミナーに参加することで全てに「イエス」と答えなければならなくなり、人生が変わっていくお話です。

 ところが通常「イエスマン」は、悪い意味として使われます。上司や役職者の言うことをハイハイと聞き、無理難題を軽々しく引き受けてしまうイメージが強いです。

 何でも断る「ノーマン」よりは、ハイハイ言って引き受けてくれる方がよっぽど良い行為のはずなのに、なぜ一般的には良くないイメージなのでしょうか?

駄目なイエスマン、良いイエスマン

 私が思うに、イエスマンが非難されるのは「発言に自分がいない」からだと思います。返事のイエス・ノーというよりも、機械的な対応に相手はイラつくのです。

 例えば仕事を頼まれたとき、自分ができそうにないと思うケースは、働いていればしょっちゅうあります。締切、内容、体調、人員など、できない理由や自分のキャパシティーを考えずに「はい、やります!」と返事して結局できなければ、本人の信用はガタ落ちします。

 でも逆に「無理です」とズバッと断れば、依頼者には「融通の利かない人だな」とガッカリされます。もちろん仕事ではやらなければいけないこともあるので、断ること自体で怒られることもあります。

 でも「依頼内容だと自分には難しそう(=No)ですが、こんな形ならできます(=Yes)」と答えられれば、どうでしょうか? 

 ただ安請け合いしたり、断る場合より、相手の感じ方や対応も変わってくるはずです。もし締切が厳しいのならば、「今は忙しい(=No)のですが、1週間後までならできます(=Yes)」と答えて、相手の緊急度合いを伺うこともできます。