年末も押し迫り、そろそろ新しい年への準備が始まる。来年は天皇の譲位があって元号が変わり、新しい時代の始まりを感じられる年になるだろう。そこで、今回は30年前の昭和から平成に変わった1989年当時を振り返ってみたい。いわゆるバブル景気も、いよいよ終焉を迎えようかというときだった頃。業界のメインプレーヤーたちの顔ぶれは今とは全く異なっていた。

ファーストリテイリングはまだ小郡商事だった

 1989年当時のユニクロは「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」として22店舗展開の規模で、この当時の社名はいまだ小郡商事だった(1991年の現ファーストリテイリングに社名変更)。無印良品は西友の無印良品事業部から(株)良品計画を設立した年(西友からの「無印良品」の営業譲受は翌1990年)。ユナイテッドアローズに至っては設立年にあたり、店舗は翌年の7月に原宿の明治通り沿いに1号店をオープンさせたというとき。

 当時は百貨店の存在感がいまだ強く、業態別の売上規模を見ても百貨店の年間販売額のピークは1991年の1兆1349億円。現在の6933億円(2017年度・日本百貨店協会調べ)はピーク時の5分の3程度の規模感にまで減少したことになる。

<1989年の注目した出来事>

1/7 昭和天皇崩御

1/8 平成に改元

4/1 消費税法が施行される(税率3%)

10/31 三菱地所、NYロックフェラーセンターを買収

12/29 東証大納会、日経平均株価が史上最高値の3万8957円を記録(翌年の大発会から株価は下落、バブル景気は崩壊へ)

 歴史から学ぶ経験値を「賢慮」と呼ぶそうだ。誰もが直面するような人生の節目での判断の積み重ねから生まれる知恵。さまざまな選択、判断、決断と評価と反省から生まれる「賢慮」に従って、新たなの元号に向けたイノベーションの参考にしてほしいと思う。

 また、1989年は消費税が初めて導入された年でもあって、来年の増税といい偶然なのだろうが、「改元時の税負担」と覚えてしまいそうだ。

ロードサイド化、専門店化が叫ばれ始めた!

 ファッション業界は80年代のDCブランドブームを背景に業績を伸ばしてきた都心の百貨店や駅前ファッションビルから、生活商圏に近付いたロードサイド型専門チェーン店の時代を迎えることになる。この当時の代表企業の1つは「洋服の青山」の青山商事で、このころから店舗数、売上高とも急激に伸ばしていった(別表)。

 

 ユニクロも1985年に初めてのロードサイド型ショップをオープンさせ、ライトオンは大型駐車場を装備したロードサイド型専門店を開店させた年は1987年と、このころを境にファッションビジネスはロードサイド化、専門店化が叫ばれ始め、「カテゴリー・キラー」という言葉を、よく耳にしたのもこのころだ。

 今だから分かるのだが、1985年のプラザ合意による円高をきっかけに、生産拠点を海外に移す企業が増え、国内産業空洞化とデフレ経済を引き起こす要因の1つとして機能していくこととなった。こうしたコスト構造の変化もこの時代に呼応した動きとして無視できない。

 平成元年はインターネットが無かったのも今との違いの1つ。この年に新語として登場したのは「セクシャルハラスメント」で、流行語は「オバタリアン」。ファッショントレンドではイタリアンファッションが流行し、サラリーマンのビジネススーツでさえ、ゆったりとしたシルエットの「ソフトスーツ」が浸透していった。また、この年、大ヒットしたのはブランド「アニエス・べー」のスナップカーディガン。後の90年代初期のフレンチカジュアルブームの火付け役ともなった。

次の改元時の業界勢力図はどうなっているのだろう

 時代の変化予測は、長い期間になればなるほど説得力は低くなる。世のあらゆる予測の中で最も的中率が高いのは天気予報で、最も低いのは経済予測といわれる所以でもある。30センチの定規は20センチを測るのには適しているものの、5メートルの長さを簡単に測定できないのと同じ。平成の明仁天皇の即位年齢は56歳、来年86歳で退位される。次代天皇の徳仁親王(ナルヒトシンノウ)は58歳で即位されることを考えると、新元号の次代も30年後くらいか。

 そのときのファッション業界はどうなっているのだろう。メインプレヤーの顔ぶれが今と全く違う顔になっている可能性は高く、業界勢力図も現在の姿とは大きく異なっているに違いない。これからどんな企業が登場してくるか、非常に楽しみだ。