バンコク校の授業風景。講師は日本の飲食人大学から派遣された寿司のプロ。生徒6人の表情は真剣だ。

 2018年10月、バンコクに寿司職人を育成する学校が誕生した。学校名は飲食人大学バンコク校。飲食業界で働く実践的な人材を育成する飲食人大学がバンコクに開いた学校だ。

 運営するのは、飲食人大学とFC契約を結んだルックイーストジャパン。和牛の輸出を中心に食関連の貿易・輸出入業務支援を行う同社が、なぜ海外に寿司職人を養成する学校を立ち上げたのか。そもそも、なぜタイである必要があったのだろう。学校開設までのいきさつを代表の清水英明氏はこう振り返る。

授業で教えているのは江戸前の寿司。使用するネタは全て築地から直送している。

「ドバイをはじめ、海外のレストランやホテルに和牛の営業に出かけると、オーナーが皆、口をそろえたように『和食の職人が足りない』『とりわけ寿司の職人が不足している。奥の厨房は他の国の人材でも構わないが、カウンターに立つのはやはり日本人がいい』というんですね。寿司の人気は世界的に高まっているのに、日本人の人材は圧倒的に足りていない。そんな発言が耳に残っていたときに、中東へのトランジット地であるバンコクに降り立ってみると、寿司店の人気が非常に高いことが分かったんです」

 清水氏が指摘するように、タイはまぎれもない寿司大国だ。日本貿易振興機構(JETRO)の調べによれば、タイで「日本食」を看板に掲げる店は約3000店。中でも寿司店は多く、2017年度の寿司店の数は前年よりも201店増加し、計454店に達している。全体としては閉店する店が増え、過当競争に陥っている日本食料理店マーケットにあって、寿司店だけは今も例外といっていい。

 海外で不足している寿司職人をバンコクで育成すれば、タイに、そして世界に送り出せるのではないか。頭の中に浮かんだこの事業プランを実現させようと、清水氏はかねてからの友人でもあり、飲食人大学を運営するRETOWNの社長(当時)に連絡を取り、快諾を受けてFC契約を締結。ここに、基本的な寿司の技術を3カ月で教育し、寿司職人として働く人材を養成するバンコク校の開校が決定した。

バンコクで学ぶメリットは多い!

 寿司店の数が多く、求人需要が高く、卒業後の就職先に困らない。これは飲食人大学バンコク校の大きなメリットだが、バンコクで学ぶ利点は他にもある。1つは滞在費や生活費が安いこと。バンコクでは特にぜいたくをしなければ、日本の半分以下の費用で暮らすことが不可能ではない。

 他国の人との接点が多いのも学ぶ場所としてはメリットといえよう。タイには世界中から毎年約3000万人の観光客が訪れ、2018年は4000万人の数字が見込まれている。アジアはもちろん、中東やヨーロッパからのお客も多い。

 これだけ接点があれば、外国人の志向もつかみやすい。そうした経験は、将来的に就職先を考え、自分の店を構える際にも有利に働く。

「タイの首都バンコクは日本人が多く、大きな日本人コミュニティが確立しています。これも好材料の1つです。生活しやすく情報も入りやすい。世界に飛び立つ人材を日本で育成することはもちろん可能ですが、生活費が日本より安いタイならより効率的に、そして最初から海外に目を向けた人材を育てられると考えました。アジアで実績を重ね、その後、ステップバイステップでキャリアを極めていくこともできますから」

生徒たちの「マイ包丁」。寿司職人のシンボルであり、絶対不可欠の商売道具だ。

 飲食人大学バンコク校は2018年6月から第1期生の募集を開始した。6人の生徒が集まり、10月5日から授業がスタートしている。費用は約130万円。授業料と滞在費を含んだ金額である。

「正直、開校まであまり時間もなかったので、5人集まったら上出来だと思っていました。6人の内訳は男性5人、女性1人。年齢は30代~40代。いずれも飲食業の経験はゼロで、包丁を持ったことがないという人が大半ですが、うち4人は最初からタイで働くことを前提とした応募です」(清水氏)。

 授業では基本的に日本と同じカリキュラムを採用し、授業で用いる食材も築地から調達している。授業時間も日本と同じだ。2時間の時差があるため、日本では9時始まりの授業がバンコク校では7時にスタート。月曜から土曜日まで毎日、昼休みを除いて7時から14時までを寿司の技術の習得にあて、15時からの1時間は語学を学ぶ授業としている。語学はタイ語と英語のどちらかを選択できるが、5人がタイ語、1人が英語を希望した。

 3カ月の期間中、生徒たちが学ぶのは江戸前寿司の基礎的な知識・技術と寿司職人に欠かせない所作の数々。短い時間の中で、魚の扱いや調理技術、調味料の使い方や食べ方など、寿司職人に欠かせない基礎教養とスキルを身に着け、即戦力として現場に立てる人材を育てるためのプログラムが用意されている。

飲食人大学バンコク校 松岡玄明校長に聞く

飲食人大学校の講師兼取締役の松岡玄明氏。

 バンコク校の校長には松岡玄明氏が着任した。松岡氏は大阪・阿倍野の辻調理師専門学校で講師を14年務めた後、外務省の任を受けて在タイ日本国大使館の公邸料理人育成指導員としてタイに赴任。その後、辻調理師専門学校と提携しているタイのドゥシタニ・カレッジで日本料理を教え、さらにはタイの大手日本食レストランチェーンZENのエグゼクティブシェフとして辣腕(らつわん)をふるってきた。いわば日本料理のプロ中のプロであり、人に教える仕事にも長けている。ZENでは日本料理のブラッシュアップとメニュー開発に力を入れ、ZENブランドの人気向上に貢献してきた。タイで日本料理を教える人材として松岡氏以上の存在はないといっても過言ではない。

 飲食人大学バンコク校の校長の適任者を探していた清水氏は、共通の知り合いを通して松岡氏にオファーを出し、松岡氏の校長就任が決定した。