日本不動産の香港路面店。有名繁華街「女人街」の近くに位置する。付近の物件と同じように東京の物件が貼り出されている。

 中国人の不動産「爆買い」が伝わって久しいが、海外での不動産購入が敷居が高いのはどこの国でも同じ。日本での不動産購入のテレビCMまで流れるほどポピュラーな香港でも事情は同じだ。香港に拠点を置く日本不動産(JP HOUSING)は、そんな香港での「日本専門不動産仲介」のパイオニア。2013年の設立当時は1カ月に20件ほどを扱う小さな事務所だったのが、現在は香港内の店舗3カ所の他、東京や大阪にも拠点を設置するようになった。顧客の潜在的な需要を掘り起こした手腕を紹介する。

ベストセラー「進撃の日本棲」で企業が有名に

 日本不動産が香港で一躍、有名になったのは、社長のデリック・リー氏が書いた「進撃の日本棲」という本だった。14年、「進撃の巨人」が香港でも大ブームだったころのことだ。筆者は偶然、自宅マンション下の中国語書店で見付けて驚いた。日本国旗を思わせる赤白の表紙に、勇ましいタイトル。

マシュー.セさん。香港内でのマーケティングと販売を担当する。きめ細かなサービスが持ち味。

「あの本はタイトルのインパクトせいか(笑)、大変売れて、各書店のベストセラーになりました」

と香港での販売を請け負うマシュー・セ氏は話す。実際、あの本の出版のころから、香港の人々の目が不動産購入先としての日本に向き始めた感がある。それまでは日本は人気の旅行先ではあったが、不動産の購入先としてはあまり意識されていなかったと記憶している。

ベストセラー「進撃の日本棲」とその続編。「棲」は現地の言葉でマンションのこと。

 香港の人は日本旅行好きだ。観光庁のデータでも、今年8月の外国人観光客で、香港からの旅客は前年同月比23%増の延べ19万人。国別では中国や韓国に続き第4位になる。年に3回、4回と訪れる人も多く、日本の祭りや名所には日本人よりも詳しい。ある一定以上の年代は「ドラえもん」などのアニメや山口百恵の歌謡曲など日本人とほぼ同じ体験をして育っていることもあって、日本文化にも違和感はない。

 それでも、日本への不動産投資は、そのころまでは少なかった。日本は不動産購入の手続きが難しく、固定資産税も高いというイメージがあったからだ。

「そうした不安を払しょくする手段の一つが、あの本でした」

日本は行き来に便利で、物件管理がしやすい

 日本不動産はリー氏と、香港の不動産会社で同僚だったケネス・ソー氏が2人で立ち上げた。ソー氏は日本での居住経験があり、日本語が堪能だった。そこで当初は日本の不動産業者と提携し、東京を中心に投資用のワンルームマンションを紹介することから始めた。

「始めてみると、思ったよりも大きな需要があることが分かったのです」

 香港の人はもともと、海外投資には積極的な国民性だ。カナダや米国はもちろん、英国やオーストラリアなどへの移民が盛んで、移民先の不動産を購入することは珍しくない。海外に親類や友人がいる人も多いので、こうした伝手をたどり、不動産を購入するケースもある。ただ、長年の経験から、欧米の行き来の大変さも実感されてきた。

「日本はその点、近くて行き来がしやすい。購入した物件を管理するために数カ月に一度、訪れることも可能ですし、自宅用に購入して年に数回の旅行の宿泊先に別荘のように使うこともできる。人々の気持ちが投資物件は近場に限るという方向に傾いてきた時だったのです」

 近場なら中国本土や東南アジアという選択肢もあるが、日本はこうした国々に比べると法整備が整っていて安心だとセ氏は言う。

「われわれも自信を持って薦められるんですよ」

 顧客の不安が強い手続きや税金の問題は、丁寧に説明することから始めた。

「どの問題もどこで不動産を購入しても発生すると説明しています。香港域内で不動産を買っても固定資産税はかかりますから」

 説明の手段は本の出版の他、定期的に開くセミナーが中心。Facebookで宣伝もしている。一時は3~4組を引き連れての現地見学ツアーも実施していたが、これは最近は止めた。

「10人いれば10人、要望が違って、結局は紹介し切れなかったのです。そもそも、最近は顧客も日本について勉強してから来ますし」

 もちろん、例えば新宿と浅草の雰囲気の違いなどは説明するが、基本的には顧客が自分で日本に出向く。あるいはGoogleマップなどで場所だけ確認して買うケースもあるという。その受け皿として、東京に関しては日本の業者との提携を止め、直営店を設置した。日本語が堪能なソー氏が家族で駐在し、指揮を取っている。

「投資向け物件なら入居者の探し方や賃貸契約の結び方など、購入後のアフターサービスまでやるのが基本です。丁寧に面倒を見てきた結果、リピーターも増えました。1人で20軒も買った方もいますよ」

「日本の不動産需要はまだまだ伸びる」

 今後については、セ氏は「まだまだ需要は伸びると思う」と強気な見方を崩さない。

「香港域内の物件が非常に高いですから。日本の不動産は周辺国に比べれば安いんですよ。特に東京はオリンピックもあるし、カジノも解禁になるっていうしね。でも一番は、みんな日本が好きってことかな」

 不動産のような大きな買物は「好き」だけでは踏み切れない。本の出版に始まって、セミナーや旅行など、地道な努力が顧客の潜在的な需要を掘り起こした。特に本の出版は、香港のような狭い地域ではあまたの同業の中で一歩先んじる良い方法だったと思う。好評だったため、本は15年に続編を出版。会社の存在感が揺るぎなくなったのを見届け、リー氏は既に次のビジネスを始めているという。