伊那食品工業(株) 代表取締役社長 井上 修
 いのうえ おさむ●1951年5月22日生まれ。長野県伊那市出身。79年1月、伊那食品工業(株)(長野県伊那市西春近5074)入社。91年3月、常務取締役営業本部長就任。2005年3月、代表取締役社長に就任し現在に至る。07年1月24日、公益社団法人中小企業研究センター「グッドカンパニー大賞」グランプリを受賞、さらに08年3月17日には三重県庁 日本環境経営大賞表彰委員会事務局「第6回日本環境経営大賞」環境経営パール大賞を受賞。

★講座は2019年2/21(木)10:10 ~ 11:30の予定

 

創業社長に対して承継社長。私と同じ承継社長である皆さまに言いたいことは、「武田勝頼になってはいけない」ということです

 皆さまこんにちは。伊那食品工業株式会社の井上修でございます。当社は、月刊「商業界」で元法政大学大学院教授の坂本光司先生が続けておられる連載「世界に自慢したい会社」でご紹介いただいたことがありますが、2010年2月に行われた、「第78回 商業界ゼミナール」でも、私の先代で、現会長の塚越寛が講演をさせていただいたと聞いております。

「先代」と申しましたのでお分かりの通り、私は創業社長ではありません。3代目です。05年に塚越から社を引き継ぎました。

 伊那食品工業は私の父が粉末寒天の製造販売業を立ち上げたのが始まりでして、ただ、その会社は一度倒産しております。

 再出発したのが1958年。その半年後に塚越が入社しまして、父と二人三脚で事業を続けてきました。それから今年で60年、現在では寒天以外にもゼラチン、ペクチン、コンニャクやでんぷんなど、食品に粘度をもたせる業務用粉末全般を扱う製造販売会社としてご評価をいただいております。

「商業界」読者の皆さまにも2代目、3代目の社長さまが多くおられると思いますが、先代から会社を継ぐ際、皆さんはどんなお気持ちでしたでしょうか? 「葛藤」された方も相当数いらっしゃるのではないですか? もちろん、私も悩みました。そして自分自身にこう問い掛けました。

創業社長の“天の声”で就任時の葛藤が吹っ切れた

粉末寒天の製造工程を説明する井上社長。海藻を釜に入れて煮込み、ろかを経て冷却、脱水、乾燥と粉砕をして出来上がりとなる。ろかの過程で抽出された液は養土藻という商品に加工される。

「塚越会長はビッグネームだ。トヨタの豊田章男さん(現社長)が師匠と慕うほどの人物だ。銀行も取引先も仕入先も、『新しい社長は決済力も持たされていない、何もできない』と思っている。つらいぞ。世界で一番目立たない社長になるぞ。我慢できるか?」と。

 そんなとき、かつて、私の父が会長職を退く際に、私に言った一言がよみがえってきたんです。

「つぶしてくれちゃあ、困るでな」と。その言葉を改めて思い出して、吹っ切れました。「会社をつぶさないこと」が使命なら「自分が目立つ、目立たないは二の次だ」と納得できたわけです。

 そんな経緯があるものですから、今も私は2代目や3代目の社長さまに話をするのが好きです(笑)。会社の規模は関係ありません。「明日注文の電話が鳴らなかったらどうしよう」「あさって融資を打ち切られたらどうしよう」と胸が詰まるときの気持ちは、一国一城の主なら皆同じですからね。

 創業社長に対して承継社長。私と同じ承継社長である皆さまに言いたいことは、「武田勝頼になってはいけない」ということです。

 勝頼は父である武田信玄を否定したんですね。否定して、新たに自分の独自路線を打ち出そうとした。現代の行政と同じです。いろんな市長選や知事選を見ていると、大体みんな前任者の政策路線を否定するところから入りますよね。勝頼もそうだったんです。

 われわれは行政府ではありません。企業であり、店です。その2代目なり、3代目なりはどうすべきか?

 引き継げばいいんです。否定は要らない。引き継いで、その後は状況に応じて変えればいい。

 否定すると全部自分でイチから作り直さないといけなくなります。そうではなく、先代を立ててその実績をもらえばいい。

 立てるためにはどうするか?

「すごい」とシンプルに言えばいいんです。それで先代の偉業を相続できます。しかも、相続税なしでね(笑)。

 企業には「社会の公器」として存続する使命があると思うのですよ。この使命に鑑みれば、いたずらに既存の路線を否定して急激な成長を狙ったりすることは、「無理筋」だと分かるはずです。

 それより、少しずつでいいから着実に成長を続けたい。ちょうど木がゆっくり成長すればするほど年輪が密になって折れにくい大木に育つように――。この考えを私どもは「年輪経営」と呼んで経営指針にしております。