キープ・ウィルダイニング社長 保志真人氏。【撮影】千葉太一

 東京・町田は今や「カフェの街」となっている。商店街の中にセンスの良い店が点在し、素敵な身なりの若い女性客がメインで、午前中からアイドルタイムがなく賑わっている。町田をこのように変えたのは株式会社キープ・ウィルダイニング(社長/保志真人、以下キープウィル)であると筆者は認識している。同社の事業規模は店舗数33店、売上高30億円。

 2003年神奈川・東林間に居酒屋「炎家」で創業。神奈川の東部で展開し、2011年に本拠地を東京・町田に移した。ここより同社の飲食事業は居酒屋からカフェにシフトチェンジした。そして、町田と隣接する神奈川・相模原を1つのエリアと捉えた「マチサガ」を唱えて、街づくりを推進していくようになった。

 同社は創業15周年を迎えて、新しいビジョンを打ち出した。それは「GOOD LIFE BUSO」BUSOとは「武相」のことで、町田が中心となった武蔵の国と相模の国を捉えた県境一帯を差し、この場所を先進的なエリアにブランディングするという意志を込めた。ここでキープウィルはいくつもの新しいプロジェクトを推進して、街づくりをさらに深掘りしようとしている。

自分の街を他人に熱く語れるようにする

――武相というエリアに着眼したのはどのようなことがきっかけですか。

 10年ほど前に飲食業界活性化のイベント「居酒屋甲子園」の活動をしていたことです。ここでは地方で事業を展開する同年代の多くの経営者と巡り合いました。彼らに共通していたのは、自分の地元のことを熱く語るということでした。

2003年にオープンした創業の店「炎家」(神奈川・東林間)

 翻って「自分の地元は?」と立ち返ったときに、「地元を語る言葉が何もない」ということに気付きました。つまり、地元意識というアイデンティティが希薄だったのです。私はこの町で育ち、この町でずっと生きていくのだと考えたときに、地元に誇りを持って語れるようになりたいと思い、町田と相模原の頭文字をとり「マチサガ」を唱えるようになりました。

 しかし、冷静に自分たちの生活を捉えていくと、町田と相模原だけでなく海老名にも行くし厚木にも行くし、大和にも橋本にも行くこともあり、「マチサガでは生活圏としてのリアリティがない」と思うようになりました。そこで調べていく中で、「武相」という言葉と出合いました。これは「マチサガ」よりも歴史を感じさせます。

 武相には数々の街道がありました。まず、鎌倉街道。鎌倉街道とは各地より鎌倉に至る道路の総称ですが、多摩方面から町田を経由した街道が存在しました。

 次に、大山参り。江戸時代に、人口100万人の江戸から今の神奈川・伊勢原にある霊山の大山に例年20万人が参詣に訪れたそうです。

 そして、明治の時代に生糸の集積地である八王子と横浜港をつないでいたシルクロード。まさに、当社のオフィスが面したバス通りがそれです。

2011年に年商10億円を超えて、本社を町田に移転する

 つまり、この地は地方からの人々が行き交うクロスポイントであり、多様な文化が入ってきたものと感慨を改めました。

 さらに、武相では言論の自由や参政権を求める自由民権運動が活発な地となりました。その背景には、他文化を受け入れる寛容さや自由を求める気質の人たちが多く存在していたことを意味しているように思え、この「自由」と「寛容さ」が武相のアイデンティティであると感じました。

――飲食業を営む上では、地場の食材に目を向けることでたくさんのメリットを得られるのでは。

2016年から地場の人々とのコラボレーションを展開する

 これまでは地元にきちんと目を向けていませんでした。かつては魚を北海道から、米を新潟から取り寄せていましたが、それが、三浦や海老名から調達することができます。しかも、とてもおいしい。地元にきちんと目を向ければ、良い食材が豊富に存在しているのです。

 昨年1月に、新百合ヶ丘にオープンした「OCEANCLUB BONDIS」は、三浦の魚と新百合ヶ丘の野菜を組み合わせたレストランです。このようなコンセプトによって、地元のお客さまに大きな愛着が芽生えています。

新百合ヶ丘の「オーシャンクラブ・ボンダイス」では三浦の鮮魚や周辺の生産物で料理を組み立てた