今から30年も前にマレーシアに進出し、現地で麺の生産をスタート。アジア、中東、ヨーロッパなど海外の販路も積極的に切り開き、その後、日本では他の工場と連携してハラル対応の麺類を市場に投入する。そんな挑戦的な企業が埼玉県川越市に拠点を置く桃太郎食品だ。同社はハラル対応だけにとどまらず、現在はグルテンフリーや糖質制限向きの生麺など現代人の食生活や健康志向を反映した商品を貪欲に市場に投入している。なぜ常に新しい市場に挑み続けることができるのか。桃太郎食品の軌跡を追った。

大手メーカーの日配品進出で、売上げが低下

 アジアは多彩な麺料理が普及している地域だ。いわば麺の本場といっていい。そこで日本の麺を普及させたい。長年、製麺業に従事してきた小山章氏がこんな野望を掲げ、マレーシアに進出。1992年に桃太郎食品(MOMOTARO FOODS SDN. BHD.)を設立した。

 海外に打って出た背景には、もう1つの理由がある。大手メーカーの日配品への進出劇だ。

「1980年代までは、豆腐やこんにゃく、生麺、納豆、漬物といった日配品の部門は、地場のメーカーの牙城でした。そこに体力のある大手のメーカーが低価格で参入してきた。ローカルのメーカーはどこも零細企業ですからね。相撲でいえば白鵬と序二段が戦うようなもの。最初から勝負は見えていました」

 小山氏の会社(当時はコヤマフーズ)も売上低下を余儀なくされた。活路はないのか。考えあぐねているときに取引先である大手スーパーマーケット(SM)から声が掛かった。「マレーシアでレストラン事業を立ち上げるから、現地で製麺事業をやってみないか」というオファーである。

「このままでは先がないと思っていたので、ともかくマレーシアにリサーチに出掛けました。まず1980年代後半に現地の製麺企業と組んでOEM生産を開始したところ、市場の反応は悪くない。手応えを感じたため、よしアジアで日本の麺を広めようと、92年にマレーシアに現地法人の桃太郎食品を設立しました」

マレーシア進出時、日本食・日系の店はまだ少なかった

 今でこそマレーシアは日本食ブームに沸いているものの、当時、首都クアラルンプールにあった日本食レストランはわずか3軒。日系の百貨店やSMも3店ほどある程度。この先、日本食の店が増えてくることは予想されたが、せっかく生産工場を作った以上はもっと積極的に市場を開拓していくべきだと考えた小山氏と子息の郁男氏(現社長)は、海外市場の開拓に向けて動き始める。

 そうして実現したのが、アジア、ヨーロッパ、中東、オセアニアへの輸出だ。桃太郎食品の麺を販売している国の数は現在、14カ国。各国の販売代理店を通して輸出を行っている。生麺を冷凍し冷凍コンテナで配送される同社の麺は、世界的にラーメン人気が盛り上がっていることもあり、売上げは順調に伸びている。