ロシア人ランナーからの声援を受け、完走!

 午前8時30分、風雨の中をスタート。前半はキロ6分のペースを維持。東南アジアの大会と違って、涼風が気持ちよく、脚が自然と軽くなる。緩やかな丘陵を上り切って、前方に開ける景色を楽しみながらアップダウンを繰り返す。

 折り返してきたロシア人ランナーの10人近くから自分に声援をいただいた(言葉は分からない)。これには驚いた。日本の大会でもアジアの大会でも、ランナーから個別に“頑張れ”の声掛けは、ごく稀だからだ。

 思うに、ロシア人ランナーの大半は20代から30代と若い。対して頭の毛が薄くなった57歳の外国人(私)が後方をヨタヨタと走っている。ロシア男性の平均寿命は十数年前までは60歳を切っていた。ロシア人の感覚だとお迎えの近い高齢者がフルマラソンを走っているようなものだ。“声も掛けたくなるわな”と自虐ネタに苦笑するも、ありがたさに胸がいっぱいになった。

折り返し地点。森林の中を切り開いたアップダウンの激しい道路

 21キロを2時間15分で通過、空が晴れ渡る、32キロを3時間30分、残り10キロを2時間以内で走れば時間内にゴール。余裕のはずだった。しかし、前半の起伏と、続く後半の激坂に脚がやられて、あちこちに痛みが走った。

 大橋の坂道の中腹で立ち止まっていると、自転車に乗った若い女性のスタッフが何やら大声で叫び、バッグからスプレーを取り出してきた。冷却用のスプレーだ。「Thank You」と先にお礼をすると、傷んだ足に噴射してくれた。痛みも和らぎ、再び走り出す。

 40キロ過ぎ、最後の坂で立ち止まっていると、関係者の車が真横に付けてきた。窓からスタッフが「Go!Go!」と叫んでいる。振り返ると、はるか後方に回収車(制限時間アウトのランナーを回収するバス)が見えた。親指を立てOKと大声で伝え、再び走り出す。

 市街地に入ると大勢の市民が沿道から応援している。ラストだけはと思い、胸をそらして、しっかりとした足取りでゴールした。

ゴール直後、スタッフが完走メダルを首に掛けてくれる

 5時間15分。坂道で休んでしまったのは残念だったが、難しいコースに“出来過ぎ”と自分の走りに納得した。

ロシア人夫妻との交流、思わず来年も……?

 くたくたになって会場のベンチに腰掛けていると、隣に座っていたロシア人の夫妻が英語で話し掛けてきた。

「日本人?」

「イエス」

「日本のどこ?」

「トーキョー」

「夫が今年トーキョーマラソンを走ったのよ」

「素晴らしい!」

「とても大きな大会だったわ」

「そうそう」

「感動したわ」

「来年もぜひ」

「そうね、ありがとう」

 来年もぜひ……。

 来年もウラジオストクを走ろうか。

 コンビニでビールを買って、ホテルに戻った。