2017年12月6日早朝、倒産劇は一本の電話から始まった。

「やまとが今日倒産するという話が市場で出ている!本当なのか?」
「社長、今日納品予定の商品が入ってきません!」
「社長、魚屋からも納品がありません!」
「米問屋が売場から商品を引き揚げています!」

 年末のかき入れ時にもかかわらず、突然の全店営業停止。業績も4年ぶりの経常黒字で推移していた。それなのに、突然の倒産。なぜ、スーパーやまとは倒産しなければならなかったのか?――

 8月25日に発売し、大幅増刷を含め、1カ月で3刷出来。大きな反響を呼んでいます。

 スーパーやまとは、1912年、山梨県韮崎市に鮮魚店として創業。後にスーパーマーケットに業態転換し、最盛期には16店舗、78億9200万円を売り上げました。

 

 スーパーやまとの信条は、“地域土着”。「頼まれたら、選挙以外は断らない」という元社長 小林 久さんは、その言葉通り、地域の役に立つことであれば何でもやってきました。業界でも先んじて移動販売車を走らせ、移動手段を持たない高齢者を救ってきました。店先に生ゴミ処理機を設置し、家庭の生ゴミを買い取って野菜づくりに活用するという循環型モデルを実践しました。
 
 レジ袋の有料化に先鞭をつけ、県全体をレジ袋有料化に導きました。さらには、ホームレスを雇用し、要請があればシャッター通りとなった中心商店街にもあえて出店しました。経営が立ちいかなくなった他店があれば、従業員の雇用も含めて引き継ぎました。最大で16店舗あったうちの実に10店舗がそうして引き継いだ店でした。ヴァンフォーレ甲府のスポンサーになり、若くして山梨県の教育委員長も務めました。

 地域に困った人がいればすぐに手を差しのべる小林さんは、地域住民から「やまとマン」の愛称で親しまれていました。本書の表紙に写っているビニール袋には、「やまとマン」のイラストが描かれています。

 しかし、そんなふうに地域に愛されたスーパーやまとは、2017年12月のクリスマス商戦の最中、105年の歴史に突然ピリオドを打ちます。近年は県内外の大手スーパーとの競合激化により業績は悪化。ピーク時には16あった店舗のうち不採算店を閉店しながら、不断の努力で回復基調にあった矢先の倒産でした。その直接の原因は、主力取引問屋からによる突然の納品ストップ。そこには誰の、どんな思惑がはたらいたのでしょうか――。

「敗軍の将は兵を語らず」とは、司馬遷によって編纂された中国の歴史書『史記』の一節。戦いに敗れた者は、戦いの経緯や武勇について語る立場ではないという意味から、失敗した者が弁解がましく発言したりすべきではないという戒めです。しかし、小林さんは次のように記しています。

「経営者としては失格だった私が、この業界への“遺言”を記しておこうと決めた。そして、私ができなかった地域への恩返しを、読んでいただいた誰かに、同じ過ちを繰り返すことのないように託したいと思った」

 当事者だからこそ語ることのできる“生きた教訓”が、そこにはあります。

 

 

小林 久・著
2018/8/25発売 税込1,620円
商業界