ラルフローレンは大人の引き継ぎ

 そんな悲劇にならず、大人の話し合いで引き継いだのが米ラルフローレンとオンワード樫山のケースだ。ラルフローレンは76年に西武百貨店とライセンス契約して本格上陸し、86年にオンワード樫山とラルフローレン専業の合弁会社インパクト21を設立。97年11月には東証二部に上場、99年8月には東証一部に指定替えしている。ほぼ20年を経た07年、直販戦略に転じたラルフローレンがオンワードの持ち株を210億円で買い取ってTOBで市場からも全株を収得。完全子会社化した上でジャパン社に吸収、08年2月に上場廃止した。

 オンワード樫山の場合は合弁会社に出資していたから市場開拓の報酬を得られたが、ライセンス契約だけだった他3社は一方的に打ち切られて売上げを失うだけに終わっている(正確には、デサントは打ち切りの代償に「arena」のアジア・太平洋地区事業権を取得している)。

欧米ブランドビジネスの直販戦略

 欧米の高級ブランドがグローバル統一の流通統制に動き出したのは90年代も末からで、それ以前は国ごとに代理店を設定したりライセンス契約したりと統一を欠いていた。そんな高級ブランド業界に独資現地法人による直営店ビジネスモデル(ラグジュアリーSPA)を打ち立てたのが秦郷次郎氏で、81年に設立されたルイ・ヴィトン ジャパンはルイ・ヴィトン社、そしてLVMH社の世界展開の基本となり、今日に至る高級ブランドビジネスのデフェクト・スタンダードとなった。

 先行するルイ・ヴィトンに他社が追従してジャパン社を設立するようになったのは80年代末のバブル期からで、グローバル統一展開に動き出したのは途上国が市場化し始めた90年代も末に近づいた頃からだ。ディオールがカネボウを切って直営店展開に転じたのは97年4月末、アディダスがデサントを切ったのは98年末、ラルフローレンが米国でライセンス契約を整理して直販に転じ始めたのは03年からで、インパクト21をジャパン社に吸収したのは07年だった。

 それに比べるとバーバリー社の直販化の決断は遅きに失したほどで、「三陽バーバリー」の人気があまりに高く、卸売上げの15%といわれたライセンス料収入が膨大だったからと推察される(最終年度で5000万ポンド/当時のレートで約87億円)。