三陽商会がバーバリーショックからいまだ立ち直れずに3度目の希望退職募集に追い込まれる一方、三陽商会を切り捨てた英バーバリー社とて業績が伸び悩んで売れ残り品の処分に苦慮している。そんなタイミングで朝日新聞は『ライセンス商品 縮む市場』と題してブランド価値の在り方を問うていたが、果たしてライセンス商品とそのビジネスに未来はあるのだろうか。

 

衰退するライセンスビジネス

 ライセンス商品は衣料品・服飾品のみならず、食品や薬品、かつては乗用車まで存在したが、国内メーカーの開発力とブランド力が高まるにつれ、次第に姿を消して行った。50年代にはいすゞ自動車が「ヒルマンミンクス」、日産自動車が「オースチンA40」を生産していたことを記憶しておられる方もあるのではないか。今日でも発展途上のアジアや南米では似たようなライセンス生産が行われているが現地企業の進化も速く、独自ブランド製品への切り替えも進んでいる。

 ライセンスビジネスは先進国との技術や市場成熟度の格差で成立する“非対称ビジネス”であり、ライセンシー側の進化や市場の成熟によっていつかは解消される。薬品や乗用車ではライセンシー側が技術を習得して独自ブランドに転ずるのが一般的な構図だが、衣料・服飾分野では逆の構図が繰り返されてきた。

 日本国内の衣料品市場規模は00年から16年にかけて75掛けに萎縮したが、衣料・服飾・一般雑貨ライセンスブランド市場はこの間に1兆9868億円から1兆1800億円まで6掛けに萎縮したと推計されている(矢野経済研究所)。衰退が著しい衣料品より一段と萎縮したのだから、この間にライセンス商品から独自ブランド商品への移行が進んだことになるが、事情は逆だった。

ライセンスビジネスは裏切りの歴史

 1970年(輸入販売は65年から)から45年も続いた英バーバリー社とのライセンス契約が打ち切られ、全社売上高の半分強(14年12月期売上高1110億円中560億〜580億円だったと推計される)にも達していた「バーバリー」売上げを失った三陽商会の業績悪化に歯止めがかからないが、同社の場合は09年に20年契約を15年に短縮された時点で打ち切りが予想されていた。もっと酷かったのは寝耳に水の打ち切り通告で売上げを失ったカネボウとデサントのケースだ。

 契約打ち切り当時、カネボウのディオールは500億円、デサントのアディダスは400億円近くを売り上げていたが、アディダスこそ98年2月19日のジャパン社設立から同年末の打ち切りまで多少の時間があったものの、ディオールは97年2月7日に同年4月30日の打ち切りを通告という、全くの寝耳に水だった。

 カネボウはディオールのライセンス契約打ち切りを契機に業績が急激に悪化し、07年6月の会社解散決議に至るという悲劇となった。デサントも直後の3期間は赤字に転落して人員整理に追い込まれ、伊藤忠商事と資本提携して自社ブランドと韓国事業を育て業績を立て直したが、売上げの回復には16年も要している。