台風21号、北海道胆振東部地震とたて続けに自然災害に襲われた日本。関西空港の完全復旧、安定した道内への電力供給にはいまだ時間を要してしまいそうな事態。大阪、北海道とそれぞれ街の性格も違うものの、ヒト・モノの流れが滞り、節電に努めなければならない雰囲気の中では経済的な停滞は否めない。

 一早い復興活動が求められている中で、北海道では災害の発生に備え、民間企業との間で防災に関する協力協定を締結していることも話題になったが、全国に111もの活火山を抱える震災大国・日本。有事に向けた備えはもちろんのこと、企業と社会とのつながり方について、今回は少し考えてみたいと思う。

企業も人と同じように分類できる?

 13日にAmazon創業者のジェフ・ベゾスが夫婦で20億ドル(約2200億円)を投じ、ホームレス家族の支援と、低所得地域における未就学児向けの教育施設(プレスクール)の開設を目的とした慈善基金を設立するとの報道があった。

 今年はリーマンショックから10年ということで、さまざまなマスコミを通じて当時の振り返りと検証が行われている。

 貧富の格差が大きいと指摘される米国では、富の集中に対して厳しい視線が注がれる。米国と日本では、社会構造上のセーフティネットにおいて政府、民間企業、それぞれが担う役割も違う。同じテーブルでの議論は難しいものの、日本でも貧富の格差は確実に広がっている。

 当然のことながら、企業活動とは社会を通じて行われるものである。法人であれば法律上も「人」とみなされ、権利義務の主体となれる資格が認められている。特に消費財を扱う企業であれば、一企業体であると同時に一個人でもあるという意識が必要だ。  

 世の中には、いろんな人がいて好感度の高い人もいれば、悪いイメージを持たれてしまっている人もいる。個人として考えても好きな人や嫌いな人だっているだろう。

 いや、少し言い方を変えれば、自分と価値観が共有できる人と、できない人に分類できてしまいそう。企業の見え方も同じような感覚で、分類できてしまうのではないか。

お金の流れを血液に例えてみると……

 では、「人」として見た場合、多くの人はどんな「人」に好感を持っていて、悪いイメージが付いてしまっている「人」はどんなタイプか。

 現在、悪いイメージのトレンドとして考えられるのは、威圧的な立ち振る舞いや、嘘や誤魔化して言い繕う人たちが思い浮かぶ。

 企業に例えるなら、企業規模や圧倒的な知名度を前面にグイグイと押し出してくるイメージだろうか、独占的なポジショニングに位置する企業にありがちかもしれない。

 そして良いイメージの企業とは、これも「人」に例えると分かりやすい。一所懸命に努力して、汗を流して頑張る人が思い浮かぶ。それがアスリートならなおさら応援したくなるが、勝利した際、そうした人の謙虚なコメントを好むのも、日本の特徴だ。

 お金の流れを血液と例えるなら、顔色の悪い企業や血色の良さそうな企業と、人に例えて見渡してみると存外、面白いかもしれない。