始まりは1953年、埼玉県小川町の呉服店

 全国に1419店舗展開する主力業態の「ファッションセンターしまむら」の歴史は半世紀余り前にさかのぼる。1953年、埼玉県小川町に創業者の島村恒俊が「島村呉服店」を法人化。戦後、着物から洋服への移行に対応し、当時、消費が急増していた既製服や生地も取り扱い、仕立ても行った。

 その4年後には、当時としては斬新な「商品回転率を基準に品揃えを考えるべきである」という理論に基づき、早くも総合衣料の量販店を志向しセルフ販売を採用する。

 61年には、2号店の「東松山店」を出店。チェーンストア理論を取り入れ、運営体制を仕入れと販売とに分離。商品を本部の集中仕入制とした。

 そして、高級ブティックではなく、デイリーファッションを取り扱い、人口10万人当たり1店舗、店舗規模を1000平米と1300平米に標準化、効率的なオペレーションで、多店舗化に乗り出した。

70年代に効率的なシステムを導入した!

 72年にはしまむらに社名変更。その後、商品管理を基本とした総合的な社内の電算化、チャーター契約による専用便の運行による物流の合理化、商品管理をデータベース化し、全店舗をオンラインで結び、POSシステムによる単品管理を行うなど、同社の強みとなる効率的なシステムを次々に導入していった。

 84年には50店舗となり、さらに出店スピードが加速、88年には100店舗に達した。この間、埼玉県川口市に物流センターを設け、店舗への夜間定時配送や、伝票仕入を廃止し納品検収業務を大幅に合理化するなど、『物流はしまむらに学べ』と言われる効率的な物流体制の礎を築いた。

 また、バーコード値札や、店長を除きパートタイマーだけで運営する「M社員制度」を導入、店舗業務の標準化と合理化も進めた。さらに、250店体制を視野に入れ、さいたま市に商品センターを建設、福島県に出店して東北へ事業を拡大した。91年には岡山県へ出店、中四国にも進出した結果、94年に300店舗に。97年には九州にも店舗網を拡大して、500店舗体制になった。

90年には藤原秀次郎氏が2代目の社長に

 90年には、藤原秀次郎が2代目の社長に就任、翌年には東証1部に上場した。島村秀次郎はその後15年社長を務めるが、しまむら発展に大きな役割を果した立役者である。

 2000年を迎えて700店舗、そして03年には1000店舗を達成する。海外にはグローバル展開に足掛かりとして98年に台湾に進出(現在46店舗)、12年には中国の上海に1号店をオープンした(現在11店舗)。ちなみに台湾の店名は「流行服飾館 思夢樂」、中国では「飾夢楽」だ。